・・・ 上本町に豪壮な邸宅を構えて、一本一万三千円という木を植えつけたのは良いとして、来る人来る人をその木の傍へ連れて行き、「――こんな木でも、二万円もするんですからな、あはは……」「――いっそ木の枝に『この木一万三千円也』と書いた札・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・華麗豪壮の、せめて、おわかれの場を創りあげたかった。 その日、快晴、談笑の数刻の後、私はお金をとり出し、昨夜の二十枚よりは、新しい、別な二十枚であることを言外に匂わせながら、しかも昨夜この女から受けとったままに、うちの三枚の片隅に赤イン・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・ 本田家は、それが大正年間の邸宅であろうとは思われないほどな、豪壮な建物とそれを繞る大庭園と、塀とで隠して静に眠っているように見えた。 邸宅の後ろは常磐木の密林へ塀一つで、庭の続きになっていた。前は、秋になると、大倉庫五棟に入り切れ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・国語の柔軟なる、冗長なるに飽きはてて簡勁なる、豪壮なる漢語もてわが不足を補いたり。先に其角一派が苦辛して失敗に終りし事業は蕪村によって容易に成就せられたり。衆人の攻撃も慮るところにあらず、美は簡単なりという古来の標準も棄てて顧みず、卓然とし・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・月給は七十円だけれども、豪壮な新邸に住まわれるそうである。一寸名のあるスポーツマンになるといいぜ、就職が楽だぜ。そういう功利的通念は、今や、オイ、御新邸を背負って華族の娘さんが嫁に来るぜ、という例外の一例とはなるかもしれないが、この結合を、・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・東海道の松並み木や日光の杉並み木などは、世界に類例のないほど豪壮な街路樹ではないか。松の幹が大きくうねって整列していないということは街路樹たる資格を毫も遮げるものではない。もし街路樹の必要を感ずるならば、すでにかくのごとき壮大な街路樹の存す・・・ 和辻哲郎 「城」
・・・しかれども豪壮を酒飲と乱舞に衒い正義を偏狭と腕力との間に生むに至っては吾人はこれを呪う。 吾人はこの例を一高校風に適用し得べしと思う。吾人の四綱領は武士道の真髄でありソシアリティの変態であろう。しかれどもこの美名の下に隠れたる「美ならざ・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫