・・・ロンドン生活の貧困と心労、ひどい勉強が精力に溢れたカールの肉体をも疲らせ始めた。肝臓病が始まった。一八七四年からはカルルスバードの温泉療法が試みられた。温泉はいくらか利いた。けれども、そのとき、愛するイエニーが弱りはじめた。苦痛の多い経過の・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ ケーテが日常生活から題材をとって描き出しているスケッチには、感動させずにおかない真実がこもっている。ある場合にはむしろ連作版画よりも、もっとみなに愛され高く評価されている意味もわかる。 貧困、失業、働く妻、母子などの生活のさまざま・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・これらの作品の中で、結核と戦争、民衆生活の貧困、療養のための社会施設との関係が見おとされているのは一つもない。人類の社会が、より健康に、より少い悲惨をもって営まれるために、結核菌はどのような方向で征服されてゆかなければならないかということが・・・ 宮本百合子 「『健康会議』創作選評」
・・・そして近代国家としての日本は、軽工業の労働の裡に青春を消耗しつくす貧困、無智な婦人の労力を土台にして、第一次欧州大戦迄膨張をつづけて来たのであった。 第一次大戦終了の後、漸々新婦人協会が治安警察法第五条の改正を議会に請願し、世界の社会情・・・ 宮本百合子 「現実に立って」
・・・親が貧しくなり、子供らの生活も貧困化し、それは大衆のもっている文化の貧しさを結果してきているのである。 現代の世界の多数の子供らの日常生活にとっては、アリスの不思議な国も消え失せてしまっているし、また、昔ディケンズが描いたように、小さい・・・ 宮本百合子 「子供のために書く母たち」
・・・これまでの純文学の作家の日常生活が余り特殊な文壇的或は技術的範囲に限られていた結果、そういう作家の社会的生活の経験の貧困は作品の質の著しい低下、瑣末主義を惹起した。一方、この四五年間における社会情勢の激動はこれまで純文学の読者であった中間層・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・ 今日私たちの見る文学の貧困の事情は全く以上のものと性質を異にしている。即ち、文学に従う人々の間に文学そのものの意義や価値を疑う傾向が生じており、そのことは文学を文学以外の現勢力に従属させることで、作家の日々の存在を安定せしめようとする・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 純文学、私小説は、その語りてである知識人の社会生活の狭隘化と弱化につれて貧困になっているのであるから、その不満・反省の一形態として、横光氏の所論は反響をもった。共感は自意識の問題や、近代人の偶然性の説明に対する漠然とした疑いを含みつつ・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 農村の貧困は事実、一冊の雑誌さえ容易に買えない経済状態に農民をおとしいれているが、資本主義の生産はすべて大量に生産されたものが安いから雑誌でも部数を多く刷るものが比較的安く即ち同じ三十銭でうんと頁を多く、グラフまで入れて作れるという訳・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・四十三年貧困と戦い続けた効あって、昨夜漸く春蚕の仲買で八百円を手に入れた。今彼の胸は未来の画策のために詰っている。けれども、昨夜銭湯へ行ったとき、八百円の札束を鞄に入れて、洗い場まで持って這入って笑われた記憶については忘れていた。 農婦・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫