・・・財産とともに道徳心をも失った貧民と売淫婦との急激なる増加は何を語るか。はたまた今日我邦において、その法律の規定している罪人の数が驚くべき勢いをもって増してきた結果、ついにみすみすその国法の適用を一部において中止せねばならなくなっている事実(・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・それどころか英米の資本主義国家の手先となって、稍もすれば物質によって他国の貧民に慈恵し、安っぽい愛と同情とを強いている。人生は愛以外にない。然しこの愛という言葉が如何に現在のキリスト教徒のために安っぽくされたか。反キリスト教同盟の宣言に「キ・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・こうした、数々の場合に際会するたびに、深く頭に印象されたものは、貧民を相手とする商売の多くは、弱い者苛めをする吸血漢の寄り集りということでした。 第一質屋がそれであります。合法的に店を張っているには相違ないけれど、苦しい中から、利子を収・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・今宮は貧民の街であり、ルンペンの巣窟である。彼女はそれらのルンペン相手に稼ぐけちくさい売笑婦に過ぎない。ルンペンにもまたそれ相応の饗宴がある。ガード下の空地に茣蓙を敷き、ゴミ箱から漁って来た残飯を肴に泡盛や焼酎を飲んでさわぐのだが、たまたま・・・ 織田作之助 「世相」
・・・たとえば、これまで深川の貧民たちのために尽力していた、富田老巡査のごときは、火の危険な街上にしまいまで立ちつくして、みんなを安全な方向ににがし/\したあげく、じぶんはついに焼け死んでしまいました。また、下谷から焼け出された或四十がっこうの一・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・昔とちがって今では貧民の子でも旧大名のお姫様のお供をして歩かれる。しかし日常生活の程度の相違は昔と同じか、むしろいっそう著しいであろう。子供らは得意になって殿様がたのような気持ちになってクラブをふるうているのである。リンクの入り口には「危険・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・室の後方の扉があいている外側には、このへんの貧民がいっぱい立って騒々しく話している。机に並べられた子供の中には延び上がって後ろの群集を珍しそうにながめるのもあります。するとシュエスターが立って行って、頭をパタパタとたたいて向こうむきにすわら・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 夜烏子は山の手の町に居住している人たちが、意義なき体面に累わされ、虚名のために齷齪しているのに比して、裏長屋に棲息している貧民の生活が遥に廉潔で、また自由である事をよろこび、病余失意の一生をここに隠してしまったのである。或日一家を携え・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・近頃は両側へ長家が建ったので昔ほど淋しくはないが、その長家が左右共闃然として空家のように見えるのは余り気持のいいものではない。貧民に活動はつき物である。働いておらぬ貧民は、貧民たる本性を遺失して生きたものとは認められぬ。余が通り抜ける極楽水・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・「それだからなお貧民に同情が薄いんだ。――あの本のねしまいの方に、御医者さんの獄中でかいた日記があるがね。悲惨なものだよ」「へえ、どんなものだい」「そりゃ君、仏国の革命の起る前に、貴族が暴威を振って細民を苦しめた事がかいてあるん・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫