・・・ 宮奴が仰天した、馬顔の、痩せた、貧相な中年もので、かねて吶であった。「従、従、従、従、従七位、七位様、何、何、何、何事!」 笏で、ぴしゃりと胸を打って、「退りおろうぞ。」 で、虫の死んだ蜘蛛の巣を、巫女の頭に翳したので・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ どうせ文楽の広告ビラだろうくらいに思い、懐手を出すのも面倒くさく、そのまま行き過ぎようとして、ひょいと顔を見ると、平べったい貧相な輪郭へもって来て、頬骨だけがいやに高く張り、ぎょろぎょろ目玉をひからせているところはざらに見受けられる顔・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・といって品物を減らすと店が貧相になるので、そうも行かず、巧く捌けないと焦りが出た。儲も多いが損も勘定にいれねばならず、果物屋も容易な商売ではないと、だんだん分った。 柳吉にそろそろ元気がなくなって来たので、蝶子はもう飽いたのかと心配・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・耳、鎗おとがいに硬そうな鬚疎らに生い、甚だ多き髪を茶筅とも無く粗末に異様に短く束ねて、町人風の身づくりはしたれど更に似合わしからず、脇差一本指したる体、何とも合点が行かず、痩せて居れども強そうに、今は貧相なれども前には人の上に立てるかとも思・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・汚れた手拭で頬冠りをして、大人のような藍の細かい縞物の筒袖単衣の裙短なのの汚れかえっているのを着て、細い手脚の渋紙色なのを貧相にムキ出して、見すぼらしく蹲んでいるのであった。東京者ではない、田舎の此辺の、しかも余り宜い家でない家の児であると・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・あの人は、何かと気が弱く、それに、せんの女に捨てられたような工合らしく、そのゆえに、一層おどおどしている様子で、ずいぶん歯がゆいほど、すべてに自信がなく、痩せて小さく、お顔も貧相でございます。お仕事は、熱心にいたします。私が、はっと思ったこ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・如何にも貧相に厚みも重みもない物置小屋のように見えた。往来の上に縦横の網目を張っている電線が透明な冬の空の眺望を目まぐるしく妨げている。昨日あたり山から伐出して来たといわぬばかりの生々しい丸太の電柱が、どうかすると向うの見えぬほど遠慮会釈も・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・むしろ貧相の方であって、六十年来持ち来ったつぎまぜの財布を孫娘の嫁入に譲ってやる方だ。して見ると福の神はこんな皺くちゃ婆さんを嫌うのであろうか。あるいは福の神はこの婆さんの内の門口まで行くのであるけれど、婆さんの方で、福なんかいらないという・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・それは否定されないけれども、それだからといって、異性との間に友情はないというのは、明らかに一つの誤りであり、そのこと自身、今日もなお私たち女や男が、人間としてどんなに狭く貧相な感情の種目で、しかもぼんやりしたり混乱したりしているその内容のま・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・すべて無言のうちに須彌壇の前で行われる動作、やや貧相な中に生動する何ものかがあり、鶴三画的であった。帰途、富士を見た。薄藍のやや低い富士、小さい焔のような夕焼け雲一つ二つ。 A氏のところに寄る。温室にスウィートピーが植込まれたところ。一・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
出典:青空文庫