・・・右の手で絶えず貨幣をいじって勘定している。そして白い、短い眉毛の下の大きな、どんよりした、青い目で連の方を見ている。老人は直ぐ前を行く二人の肘の間から、その前を行く一人一人の男等を丁寧に眺めている。その歩き付きを見る。その靴や着物の値ぶみを・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
異国語においては、名詞にそれぞれ男女の性別あり。然して、貨幣を女性名詞とす。 私は、七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。あるいは私はその中に、はいっているかも知れませ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・シロオテは所持の貨幣を黄金に換えた。ヤアパンニアでは黄金を重宝にするという噂話を聞いたからであった。日本の衣服をこしらえた。碁盤のすじのような模様がついた浅黄いろの木綿着物であった。刀も買った。刃わたり二尺四寸余の長さであった。 やがて・・・ 太宰治 「地球図」
・・・先輩の山岸外史氏の説に依ると、貨幣のどっさりはいっている財布を、懐にいれて歩いていると、胃腸が冷えて病気になるそうである。それは銅銭ばかりいれて歩くからではないかと反問したら、いや紙幣でも同じ事だ、あの紙は、たいへん冷く、あれを懐にいれて歩・・・ 太宰治 「「晩年」と「女生徒」」
・・・そう言われてみると、ドイツ語でもフランス語でも、貨幣はちゃんと女性名詞という事になっていますからね。鬚だらけのお爺さんのおそろしい顔などを印刷するのは、たしかに政府の失策ですよ。日本の全部の紙幣に、私たちの母の女神の大笑いをしている顔でも印・・・ 太宰治 「女神」
・・・上から投げる貨幣のある物は傘からはね返って海に落ちて行った。時々よろけて倒れそうになって舷や人の肩につかまったりした。そうして息をはずませているらしく肩から胸が大きく波をうっていた。楽手らはめいめいただ自分の事だけ思いふけってでもいるように・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・これ等は、おもに流動する貨幣のみちびきかた、適当な配分を考究して、金によって支配される、生活に必須な物質方面から、人間生活を正当なものに落ち付けて行こうとするのではないでしょうか。けれども、私が、深く疑問に思うことは、それ等の諸問題が学理的・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・ 農村で外国貨幣を見ることはない。農民はちょっとでも様子の違う金に対しては極度に警戒的なのだ。「目をくぼませ、埃まみれになりながら何処へかかけて行く人々で廊下は一杯だった。ある室の戸があいていた。そこでは床へ直かに何人かが眠ってた。・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・十七世紀の新陸地発見時代のイスパニアの貨幣にはジブラルタルの図案が鋳出されている下に Plus ultraと刻まれていたと、この著者は語っている。この本は、今日の歴史のものに対する、私たちの健全な愛着と奮闘心とを呼びさます熱量をはらんでいる・・・ 宮本百合子 「新島繁著『社会運動思想史』書評」
・・・ 一生懸命で経済学原理、万国貨幣制度、憲法などを研究しました。 学校を卒業すると、彼女は希望通りミスタ・シムコックスと云う人の秘書役として、事務所に通うことになりました。 一週二十五志の月給で、ちゃんと一人前に出勤し、自分の力で・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
出典:青空文庫