・・・ 古貨車を利用してこしらえた農業労働者のキャンプのわきには、炊事車が湯気を立てている最中だ。 婦人労働者の派手な桃色のスカートが、炎天のキャンプの入口にヒラヒラしている。彼女は日やけした小手をかざして、眩しい耕地の果、麦輸送の「エレ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・―― 何台も連結された無蓋貨車に出来たてのトラクターがのせられた。数百露里のレールの上を、新しい集団農場に向って走ってゆく。 そのレールを走るのは、重い貨車ばかりではなかった。三等列車も通る。 一九三〇年の春の種蒔どきには、風変・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・三四人、赤い布をかぶった女も下りたが、忽ち散ってしまって、日本女は自分の前に雨びしょびしょの暗い交叉点、妙な空地、その端っこに線路工夫の小舎らしい一つの黄色い貨車を見た。その屋根でラジオのアンテナが濡れながら光っている。空地の濡れた細い樹の・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・その米のストックが乏しいところへ、農民が強制買上供出反対で、米俵をつんで東京、大阪その他の駅に入るべき貨車が、きょうも、明日もと空っぽであるとき、大都市の住民の不安はいかばかりであろうか。重大な事態をひき起すであろう。その重大事態の核心をな・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・ 革命の時代は、三等車かそれとも貨車の中へいきなりわらを敷いて乗って行く方がずっと安全だった。なまじっかビロードなどを張った軟床車よりは。当時シラミは歴史的にふとっていたのだ。シラミはチフス菌を背負って歩いていた。―― 今この三等夜・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・汽罐車だけが、シュッ、シュッと逆行していると、そのわきを脚絆をつけ、帽子をかぶった人が手に青旗を振り振りかけている。貨車ばかり黙って並んでいるところへガシャンといって汽罐車がつくと、その反動が頭の方から尻尾の方までガシャン、ガシャンとつたわ・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・秋「赤い貨車」をモスクワから送った。この夏、八月一日、故国で次弟英男が自殺した。彼が姉にあてて書いたまま出さなかった最後の手紙に、何ものをも憎むなという文句があった。彼の予期しなかった死=没落と日夜目撃してその中に生きるソヴェトの燃・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・雨音を立てている前の家のトタン葺の屋根のはずれと、そのとなりの家の、燃火のけむりが低く雨の中に流れ出している土壁との間にある空地ごしに扇形にひらいた引込線に、石炭をつんだ無蓋貨車が何輌もつながったまま雨に打たれている。○がここへ着いた日に、・・・ 宮本百合子 「無題(十二)」
・・・軍隊の輸送、避難民の特別列車の為め、私共の汽車は順ぐりあと廻しにされる。貨車、郵便車、屋根の上から機関車にまでとりついた避難民の様子は、見る者に真心からの同情を感じさせた。同時に、彼等が、平常思い切って出来ないことでも平気でやるほど女まで大・・・ 宮本百合子 「私の覚え書」
出典:青空文庫