・・・然れども軽忽に発狂したる罪は鼓を鳴らして責めざるべからず。否、忍野氏の罪のみならんや。発狂禁止令を等閑に附せる歴代政府の失政をも天に替って責めざるべからず。「常子夫人の談によれば、夫人は少くとも一ヶ年間、××胡同の社宅に止まり、忍野氏の・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・すると姉や浅川の叔母が、親不孝だと云って兄を責める。――こんな光景も一瞬間、はっきり眼の前に見えるような気がした。「今日届けば、あしたは帰りますよ。」 洋一はいつか叔母よりも、彼自身に気休めを云い聞かせていた。 そこへちょうど店・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・彼れが鞭とあおりで馬を責めながら最初から目星をつけていた先頭の馬に追いせまった時には決勝点が近かった。彼れはいらだってびしびしと鞭をくれた。始めは自分の馬の鼻が相手の馬の尻とすれすれになっていたが、やがて一歩一歩二頭の距離は縮まった。狂気の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・もう人が何と言いましょうと、旦那さんのお言ばかりで、どんなに、あの人から責められましても私はきっぱりと、心中なんか厭だと言います。お庇さまで助りました。またこれで親兄弟のいとしい顔も見られます。もう、この一年ばかりこのかたと言いますもの、朝・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ お祖母さんがまた話を続ける身を責めて泣かれるのも、その筈であった。僕は、「お祖母さん、よく判りました。私は民さんの心持はよく知っています。去年の春、民さんが嫁にゆかれたと聞いた時でさえ、私は民さんを毛ほども疑わなかったですもの。ど・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・僕は僕のことでも頼んで出来なかったものを責めるような気になっていた。「本統よ、そんなにうそがつける男じゃアないの」「のろけていやがれ、おめえはよッぽどうすのろ芸者だ。――どれ、見せろ」「よッぽどするでしょう?」抜いて出すのを受け・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 義き事のために責めらるる者は福なり、其故如何となれば、心の貧しき者と同じく天国は其人の有なれば也、現世に在りては義のために責められ、来世に在りては義のために誉めらる、単に普通一般の義のために責めらるるに止まらず、更に進んで天国と其義の・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・昔は将棋指しには一定の収入などなく、高利貸には責められ、米を買う金もなく、賭将棋には負けて裸かになる。細君が二人の子供を連れて、母子心中の死場所を探しに行ったこともあった。この細君が後年息を引き取る時、亭主の坂田に「あんたも将棋指しなら、あ・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・今の苦痛……苦痛は兎角免れ得ぬにしろ、懐旧の念には責められたくない。昔を憶出せば自然と今の我身に引比べられて遣瀬無いのは創傷よりも余程いかぬ! さて大分熱くなって来たぞ。日が照付けるぞ。と、眼を開けば、例の山査子に例の空、ただ白昼という・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・私はどれほど皆から責められたかしれないのですよ。……お前の気のすむように後の始末はどんなにもつけてやれるから、とても先きの見込みがないんだから別れてしまえと、それは毎日のように責められ通したのですけれど、私にはどうしてもこの子供たちと別れる・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫