・・・「貰い子か貰い子でないか、一目見りゃわかることだ。貴様がつれて来なければ、おれがあすこへ行って見る」 遠藤が次の間へ踏みこもうとすると、咄嗟に印度人の婆さんは、その戸口に立ち塞がりました。「ここは私の家だよ。見ず知らずのお前さん・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ この悪党めが! 貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ! この悪党めが!」一 三年前の夏のことです。僕は人並みにリュック・サックを背負い、あの上高地の温泉宿か・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 白は思わず大声に「黒君! あぶない!」と叫ぼうとしました。が、その拍子に犬殺しはじろりと白へ目をやりました。「教えて見ろ! 貴様から先へ罠にかけるぞ。」――犬殺しの目にはありありとそう云う嚇しが浮んでいます。白は余りの恐ろしさに、思わず吠・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・擦った揉んだの最中に巡的だ、四角四面な面あしやがって「貴様は何んだ」と放言くから「虫」だと言ってくれたのよ。 え、どうだ、すると貴様は虫で無えと云う御談義だ。あの手合はあんな事さえ云ってりゃ、飯が食えて行くんだと見えらあ。物の小半時も聞・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・沢本 だから貴様は若様だなんて軽蔑されるんだ。そんなだらしのない空想が俺たちの芸術に取ってなんの足しになると思ってるんだ。俺たちは真実の世界に立脚して、根強い作品を創り出さなければならないんだ。だから……俺は残念ながら腹がからっぽ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・進行中に、大石軍曹は何とのうそわそわして、ただ、まえの方へ、まえの方へと浮き足になるんで、或時、上官から、大石、しッかりせい。貴様は今からそんなざまじゃア、大砲の音を聴いて直ぐくたばッてしまうやろ云われた時、赤うなって腹を立て、そないに弱い・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 貴様の口のはたも、どこの馬の骨か分りもしない奴の毒を受けた結果だぞ」 言っておかなかったが、かの女の口のはたの爛れが直ったり、出来たりするのは、僕の初めから気にしていたところであった。それに、時々、その活き活きした目がかすむのを井筒屋・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ やれない。貴様のような奴は兵隊の屑だぞ!」 そして、隊長は浪花節はおろか何一つ隠し芸のない彼の所謂「兵隊の屑」には、「何にも出来んけりゃ、逆立ちして歩いてみろ!」 と、命じたが、彼に言わせると、「浪花節は上手な程よろしい。・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・それにつけても、隣の――貴様はまア何となる事ぞ? 今でさえ見るも浅ましいその姿。 ほんに浅ましい姿。髪の毛は段々と脱落ち、地体が黒い膚の色は蒼褪めて黄味さえ帯び、顔の腫脹に皮が釣れて耳の後で罅裂れ、そこに蛆が蠢き、脚は水腫に脹上り、脚絆・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 貴様は! 厭に邸内をジロ/\覗き歩いて居るが、一体貴様は何者か? 職業は? 住所は?」 で彼は何気ない風を装うつもりで、扇をパチ/\云わせ、息の詰まる思いしながら、細い通りの真中を大手を振ってやって来る見あげるような大男の側を、急ぎ脚・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫