・・・「質に置いたら、何両貸す事かの。」「貴公じゃあるまいし、誰が質になんぞ、置くものか。」 ざっと、こんな調子である。 するとある日、彼等の五六人が、円い頭をならべて、一服やりながら、例の如く煙管の噂をしていると、そこへ、偶然、・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。 そこで彼は或日の夕方、もう一度あの洛陽の西の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。するとやはり昔のように、片目眇の老人が、どこか・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・お寺は地所を貸すんです。」「葬った土とは別なんだね。」「ええ、それで、糸塚、糸巻塚、どっちにしようかっていってるところ。」「どっちにしろ、友禅のに対するなんだろう。」「そんな、ただ思いつき、趣向ですか、そんなんじゃありません・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・求むる人には席を貸すのだ。三人は東金より買い来たれる菓子果物など取り広げて湖面をながめつつ裏なく語らうのである。 七十ばかりな主の翁は若き男女のために、自分がこの地を銃猟禁制地に許可を得し事柄や、池の歴史、さては鴨猟の事など話し聞かせた・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・という、こういう挨拶だ。貸す気がないなら貸さんでもいい、無理に借りようとはいわない。何も同情呼ばわりして逆さに蟇口を振って見せなくても宜かろう、」と、プンプン怒って沼南を罵倒した事があった。 その頃の新聞社はドコも貧乏していた。とりわけ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・これを貸すと、君はすぐに、壊してしまうもの。」といいました。「大事にして持っているから、ちっとばかり貸してくれない?」と、良吉は目に涙をたたえて頼みました。「僕は、人に貸すのはいやだ。」といって、力蔵は貸してくれませんで・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・「そんならなぜお母はんに高利の金を貸すんです?」 と、豹一が言うと、「わいに文句あるんやったら出て行ってもらおう」 母親もいっしょにと思ったが、豹一はひとりで飛びだしてしまった。出て行きしな、自分の力で養えるようになったらき・・・ 織田作之助 「雨」
・・・頼み方を教えて、大切な金を貸すというのは、世間には類の無いことじゃ。しかし、貴方はとも角も、御主人は見捨て難い故、まあ、お貸ししましょう。頭をお上げになって、よろしい」 満右衛門は頭を上げた咄嗟に、相手を討ち果たして、腹を切ろうと思った・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・校内の食堂はむろん、あちこちの飯屋でも随分昼飯代を借りていて、いわばけっして人に金を貸すべき状態ではなかった。それをそんな風に金貸したろかと言いふらし、また、頼まれると、めったにいやとはいわず、即座によっしゃと安請合いするのは、たぶん底抜け・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・千円でも二千円でも、あんたの要るだけの金は無利子の期間なしで貸すから、何か商売する気はないかと、事情を訊くなり、早速言ってくれた。地獄で仏とはこのことや、蝶子は泪が出て改めて、金八が身につけるものを片ッ端から褒めた。「何商売がよろしおまっし・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫