・・・野暮でない、洒落切った税というもので、いやいや出す税や、督促を食った末に女房の帯を質屋へたたき込んで出す税とは訳が違う金なのだから、同じ税でも所得税なぞは、道成寺ではないが、かねに恨が数ござる、思えばこのかね恨めしやの税で、こっちの高慢税の・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・土曜日彼はさしあたり必要のない冬服を質屋に持ってゆき、本を売った。それで金の方は間に合った。次の日停車場へ行った。天気なので、どこかへ出かける人でいっぱいだった。龍介は落ちつかない気持で待合の入口を何度も行ったり来たりした。時計を何度も見た・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・善光寺から七八町向うの質屋の壁は白く日をうけた。庭の内も今は草木の盛な時で、柱に倚凭って眺めると、新緑の香に圧されるような心地がする。熱い空気に蒸される林檎の可憐らしい花、その周囲を飛ぶ蜜蜂の楽しい羽音、すべて、見るもの聞くものは回想のなか・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・羽織も着物も同じ矢絣模様の銘仙で、うすあかい外国製の布切のショオルが、不似合いに大きくその上半身を覆っていた。質屋の少し手前で夫婦はわかれた。 真昼の荻窪の駅には、ひそひそ人が出はいりしていた。嘉七は、駅のまえにだまって立って煙草をふか・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・そうしてその翌る朝、おかみさんに質屋に連れて行かれて、おかみさんの着物十枚とかえられ、私は質屋の冷くしめっぽい金庫の中にいれられました。妙に底冷えがして、おなかが痛くて困っていたら、私はまた外に出されて日の目を見る事が出来ました。こんどは私・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・並木のつきたところに白壁が鈍く光っている。質屋の土蔵である。三十歳を越したばかりの小柄で怜悧な女主人が経営しているのだ。このひとは僕と路で行き逢っても、僕の顔を見ぬふりをする。挨拶を受けた相手の名誉を顧慮しているのである。土蔵の裏手、翼の骨・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・会の翌日、私はその品物全部を質屋へ持って行った。そうして、とうとう流してしまったのである。 この会には、中畑さんと北さんにも是非出席なさるようにすすめたのだが、お二人とも出席しなかった。遠慮したのかも知れない。あるいは御商売がいそがしく・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・貧乏になればなるほど、私はぞくぞく、へんに嬉しくて、質屋にも、古本屋にも、遠い思い出の故郷のような懐しさを感じました。お金が本当に何も無くなった時には、自分のありったけの力を、ためす事が出来て、とても張り合いがありました。だって、お金の無い・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・例えば当時の富人の豪奢の実況から市井裏店の風景、質屋の出入り、牢屋の生活といったようなものが窺われ、美食家や異食家がどんなものを嗜んだかが分かり、瑣末なようなことでは、例えば、万年暦、石筆などの存在が知られ、江戸で蝿取蜘蛛を愛玩した事実が窺・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・それは質屋で質流れの衣類の競売をしている光景らしく判断された。みんな慾の深そうな顔をした婆さんや爺さんが血眼になって古着の山から目ぼしいのを握み出しては蚤取眼で検査している。気に入ったのはまるでしがみついたように小脇に抱いて誰かに掠奪される・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫