・・・ 問 予の全集は三百年の後、――すなわち著作権の失われたる後、万人の購うところとなるべし。予の同棲せる女友だちは如何? 答 彼女は書肆ラック君の夫人となれり。 問 彼女はいまだ不幸にもラックの義眼なるを知らざるなるべし。予が子は・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・使は元宰先生の手札の外にも、それらの名画を購うべきたくきんを授けられていたのです。しかし張氏は前のとおり、どうしても黄一峯だけは、手離すことを肯じません。翁はついに秋山図には意を絶つより外はなくなりました。 * *・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・千金を惜まずして奇玩をこれ購うので、董元宰の旧蔵の漢玉章、劉海日の旧蔵の商金鼎なんというものも、皆杜九如の手に落ちた位である。この杜九如が唐太常の家にある定鼎の噂を聞いていて、かねがねどうかして手に入れたいものだと覗っていた。太常の家は孫の・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・客窓の徒然を慰むるよすがにもと眼にあたりしままジグビー、グランドを、文魁堂とやら云える舗にて購うて帰りぬ。午後、我がせし狼藉の行為のため、憚る筋の人に捕えられてさまざまに説諭を加えられたり。されどもいささか思い定むるよし心中にあれば頑として・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・金銭だに納付せば位階は容易に得べき当時の風習をきたなきものに思い、位階は金銭を以て購うべきものにあらずとて、死ぬるまで一勾当の身上にて足れりとした。天保十一年、竹琴を発明し、のち京に上りて、その製造を琴屋に命じたところが、琴屋のあるじの曰く・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・是れ現代の家庭に在っては台所で使う鍋釜のたぐいも悉く廉価なる粗製品となり、破損すれば直様古きを棄てて新しきを購うようになった為めであろう。何物にかぎらず多年使い馴れた器物を愛惜して、幾度となく之を修繕しつつ使用していたような醇朴な風習が今は・・・ 永井荷風 「巷の声」
・・・中立とは購うべきものであり、永久平和を守ることは、戦うことより困難であることを知っていた。」「日本だけが、この次の大戦から保護されるということは有り得ないだろう。現実を忘れた空想的な平和論は八紘一宇の思想と相通ずる軽薄な夢にすぎない。」・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
出典:青空文庫