・・・角の間から生国魂神社の北門が見えたり、入口に地蔵を祠っている路地があったり、金灯籠を売る店があったり、稲荷を祠る時の巻物をくわえた石の狐を売る店があったり、簔虫の巣でつくった銭入れを売る店があったり、赤い硝子の軒灯に家号を入れた料理仕出屋が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・シュッシュッという弾丸の中を落来る小枝をかなぐりかなぐり、山査子の株を縫うように進むのであったが、弾丸は段々烈しくなって、森の前方に何やら赤いものが隠現見える。第一中隊のシードロフという未だ生若い兵が此方の戦線へ紛込でいるから如何してだろう・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 斯う呶鳴るように云った三百の、例のしょぼ/\した眼は、急に紅い焔でも発しやしないかと思われた程であった。で彼はあわてて、「そうですか。わかりました。好ござんす、それでは十日には屹度越すことにしますから」と謝まるように云った。「・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・腫物は紅い、サボテンの花のようである。 母がいる。「あああ。こんなになった」 彼は母に当てつけの口調だった。「知らないじゃないか」「だって、あなたが爪でかたをつけたのじゃありませんか」 母が爪で圧したのだ、と彼は信じ・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・ようなちよっとした風邪でも独身者ならこそ商売もできないが女房がいれば世話もしてもらえる店で商売もできるというものだ、そうじゃアないか』と、もっともなる事を言われて、二十八歳の若者、これが普通ならば別に赤い顔もせず何分よろしくとまじめで頼まぬ・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・「ロックや、ヒュームやカントが作りあげた認識主観の脈管には現実赤い血潮が通っているのでなくて、単に思惟活動として、理性の稀薄な液汁が流れているのみである」この紅い血潮は意志し、感じ表象する「全人」の立場からのみくみとることができる。「生」は・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 三 憲兵隊は、鉄道線路のすぐ上にあった。赤い煉瓦の三階建だった。露西亜の旅団司令部か何かに使っていたのを占領したものだ。廊下へはどこからも光線が這入らなかった。薄暗くて湿気があった。地下室のようだ。彼は、そこを、・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・になっているところ一体に桑が仕付けてあるその遥に下の方の低いところで、いずれも十三四という女の児が、さすがに辺鄙でも媚き立つ年頃だけに紅いものや青いものが遠くからも見え渡る扮装をして、小籃を片手に、節こそ鄙びてはおれど清らかな高い徹る声で、・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・しかもその中で、あの親孝行ものゝ健吉が「赤い」着物をきて、高い小さい鉄棒のはまった窓を見上げているのかと思うと、急に何かゞ胸にきた。――母親は貧血を起していた。「ま、ま、何んてこの塀! とッても健と会えなくなった……」 仕方なくお安・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・「自分の手のひらはまだ紅い。」 と、ひとり思い直した。 午後のいい時を見て、私たちは茶の間の外にある縁側に集まった。そこには私の意匠した縁台が、縁側と同じ高さに、三尺ばかりも庭のほうへ造り足してあって、蘭、山査子などの植木鉢を片・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫