・・・目のふちも赤らむまで、ほかほかとしたと云う。で、自分にも取れば、あの児にも取らせて、そして言う事が妙ではないか。(沢山お食んなさいよ。皆、貴下の阿母 と言ったんだそうだ。土産にもくれた。帰って誰が下すった、と父にそう言いましょうと、・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・思うこともなく燈火うち見やりてやおらん、わが帰るを待たで夕餉おえしか、櫓こぐ術教うべしといいし時、うれしげにうなずきぬ、言葉すくなく絶えずもの思わしげなるはこれまでの慣いなるべし、月日経たば肉づきて頬赤らむ時もあらん、されどされど。源叔父は・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・いまはもう、胸がどきどきして顔が赤らむどころか、あんまり苦しくて顔が蒼くなり額に油汗のにじみ出るような気持で、花江さんの取り澄まして差出す証紙を貼った汚い十円紙幣を一枚二枚と数えながら、矢庭に全部ひき裂いてしまいたい発作に襲われた事が何度あ・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・丁度山々では紅葉が赤らむのでね、善光寺詣りの団体くずれが、大群をなして温泉めぐりをやり、渋からこの上林へとくり上って来る。それらの連中はこの家から少し上の上林ホテルというのにつめこまれるが、この家では二晩おきに、二晩つづいて、奇声を発する変・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その「ぱッと顔の赤らむ直截な感情である」羞恥とはなんであろうか、ということをこの作者は生々しい感情から扱いえなくて中村光夫さんはこういうふうに論じている、誰それは、というふうに、と羞恥論をやっています。羞恥という言葉は、この作品のなかにどっ・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
出典:青空文庫