・・・骨組の逞ましい、この女の足袋は、だふついて汚れていた……赤ら顔の片目眇で、その眇の方をト上へ向けて渋のついた薄毛の円髷を斜向に、頤を引曲げるようにして、嫁御が俯向けの島田からはじめて、室内を白目沢山で、虻の飛ぶように、じろじろと飛廻しにみま・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ あの、雪を束ねた白いものの、壇の上にひれ伏した、あわれな状は、月を祭る供物に似て、非ず、旱魃の鬼一口の犠牲である。 ヒイと声を揚げて弟子が二人、幕の内で、手放しにわっと泣いた。 赤ら顔の大入道の、首抜きの浴衣の尻を、七のずまで・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・秋山は二十五か六という年輩で、丸く肥えて赤ら顔で、目元に愛嬌があって、いつもにこにこしているらしい。大津は無名の文学者で、秋山は無名の画家で不思議にも同種類の青年がこの田舎の旅宿で落ち合ったのであった。『もう寝ようかねエ。随分悪口も言い・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・肥った赤ら顔の快活そうな老西洋人が一人おり立って、曲がった泥よけをどうにか引き曲げて直した後に、片手を高くさしあげてわれわれをさしまねきながら大声で「ドモスミマシェン」と言って嫣然一笑した。そうして再びエンジンの爆音を立てて威勢よく軽井沢の・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・五十近いでっぷり肥った赤ら顔でいつも脂ぎって光っていたが、今考えてみるとなかなか頭の善さそうな眼付きをしていた。夏の暑い盛りだと下帯一つの丸裸で晩酌の膳の前にあぐらをかいて、渋団扇で蚊を追いながら実にうまそうに杯をなめては子供等を相手にして・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・小錦という大関だか横綱だかの白の肉体の立派で美しかったことと、朝潮という力士の赤ら顔が妙に気になったことなどが夢のように思い出されるだけである。 高等学校時代には熊本の白川の川原で東京大相撲を見た。常陸山、梅ヶ谷、大砲などもいたような気・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・車の上の男は赤ら顔の肩幅の広い若者でのんきらしく煙管をくわえているのも絵になっていた。魚網を肩へかけ、布袋を下げた素人漁夫らしいのも見かけた。河畔の緑草の上で、紅白のあらい竪縞を着た女のせんたくしているのも美しい色彩であった。パヴィアから先・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ いつの間にか跫音を忍ばせて、岨にテロルを加えた赤ら顔の水兵上りの看守が金網に胸をおっつけてこっちを覗いている。「…………」「駄目だゾ」「…………」 この看守だけは、どんな時でも私に歌をうたわせなかった。迚も聴えまいと思・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ ○宣教師 独逸人 赤ら顔の髪なし。 友人の宝石を売ルタメに呼んだ。日露懇談会で知ったとき、フイリッポフに信仰談をした。フイリッポフ信仰よりパンが欲しい。ダイアモンド八〇〇円に売ルその男〔欄外に〕 ロシア人の気違いに・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ 少し気違いじみた色をして、 随分青いんですねえ私の顔は、 それにふだんだってそんなに赤ら顔じゃあありませんからよけいなんですよ。 肇はだまって千世子の顔を見つめた居た。「ああ貴方も見つめる癖を持ってらっしゃる、・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫