・・・並木づたいに御油から赤坂まで行く間に、雀の獲もの約一千を下らないと言うのを見て戦慄した。 空気銃を取って、日曜の朝、ここの露地口に立つ、狩猟服の若い紳士たちは、失礼ながら、犬ころしに見える。 去年の暮にも、隣家の少年が空気銃を求め得・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 商売冥利、渡世は出来るもの、商はするもので、五布ばかりの鬱金の風呂敷一枚の店に、襦袢の数々。赤坂だったら奴の肌脱、四谷じゃ六方を蹈みそうな、けばけばしい胴、派手な袖。男もので手さえ通せばそこから着て行かれるまでにして、正札が品により、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・その築地は、というと、用たしで、歯科医は大廻りに赤坂なんだよ。途中、四谷新宿へ突抜けの麹町の大通りから三宅坂、日比谷、……銀座へ出る……歌舞伎座の前を真直に、目的の明石町までと饒舌ってもいい加減の間、町充満、屋根一面、上下、左右、縦も横も、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・「まア、御飯をお済ましなさい」こう、僕が所在なさに勧めると、「もう、すんだの」と、吉弥はにッこりした。「おッ母さんは?」「赤坂へ行って、いないの」「いつ帰りました?」「きのう」「僕の革鞄を持って来てくれたか、ね?・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 道子はそう呟くと、姉の遺骨のはいった鞄を左手に持ちかえて、そっと眼を拭き、そして、錬成場にあてられた赤坂青山町のお寺へ急ぐために、都電の停留所の方へ歩いて行った。 織田作之助 「旅への誘い」
・・・私は赤坂のAの家へ出かけました。京都時代の私達の会合――その席へはあなたも一度来られたことがありますね――憶えていらっしゃればその時いたAです。 この四月には私達の後、やはりあの会合を維持していた人びとが、三人も巣立って来ました。そして・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・ 母と妹とは自分達夫婦と同棲するのが窮屈で、赤坂区新町に下宿屋を開業。それも表向ではなく、例の素人下宿。いやに気位を高くして、家が広いから、それにどうせ遊んでいる身体、若いものを世話してやるだけのこと、もっとも性の知れぬお方は御免被ると・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
上 夏の初、月色街に満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄の音高く、芝琴平社の後のお濠ばたを十八ばかりの少女、赤坂の方から物案じそうに首をうなだれて来る。 薄闇い狭いぬけろじの車止・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ある日曜日の午後二時ごろ、武は様子を見るべく赤坂区南町の石井をたずねた。俥のはいらぬ路地の中で、三軒長屋の最端がそれである。中古の建物だから、それほど見苦しくはない。上がり口の四畳半が玄関なり茶の間なり長火鉢これに伴なう一式が並べてある。隣・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・自分は駿河台の友人を訪ねて、夜に入ってその家を辞して赤坂の自宅を指して途を急いだ。 この夜は霧が深く立てこめていて、街頭のガス燈や電気燈の周囲に凝っている水蒸気が美しく光っておぼろな輪をかけていた。往来の人や車が幻影のように現われては幻・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
出典:青空文庫