・・・あのボオドレエルの詩の中にあるような赤熱の色に燃えてしかも凍り果てるという太陽は、必ずしも北極の果を想像しない迄も、巴里の町を歩いて居てよく見らるるものであった。枯々としたマロニエの並木の間に冬が来ても青々として枯れずに居る草地の眺めばかり・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・あとへ汚くのこして死ぬのは、なんとしても、心残りであったから、マントの袖で拭いてまわって、いつしか、私にも、薬がきいて、ぬらぬら濡れている岩の上を踏みぬめらかし踏みすべり、まっくろぐろの四足獣、のどに赤熱の鉄火箸を、五寸も六寸も突き通され、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・多稜形をした外面が黒く緻密な岩はだを示して、それに深い亀裂の入った麺麭殻型の火山弾もある。赤熱した岩片が落下して表面は急激に冷えるが内部は急には冷えない、それが徐々に冷える間は、岩質中に含まれたガス体が外部の圧力の減った結果として次第に泡沫・・・ 寺田寅彦 「小浅間」
・・・ 彼女は、マニラの生産品を積んで、三池へ向って、帰航の途についた。 水夫の一人が、出帆すると間もなく、ひどく苦しみ始めた。 赤熱しない許りに焼けた、鉄デッキと、直ぐ側で熔鉱炉の蓋でも明けられたような、太陽の直射とに、「又当てられ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・「私は赤熱された石炭の中に入れられた鉄の一片としての自分を感じた」「そこでは私の前に裸にされた貪欲な人々、粗暴な本能の人々が渦巻いていた」と。 もとは師範学校の学生で職業的な泥棒であり、ひどい肺病になっているバシュキンは新顔のゴーリキイ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫