・・・ 事務所にはもう赤々とランプがともされていて、監督の母親や内儀さんが戸の外に走り出て彼らを出迎えた。土下座せんばかりの母親の挨拶などに対しても、父は監督に対すると同時に厳格な態度を見せて、やおら靴を脱ぎ捨てると、自分の設計で建て上げた座・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ その中でこの犬と初めて近づきになったのは、ふと庭へ走り出た美しい小娘であった。その娘は何でも目に見えるものを皆優しい両手で掻き抱き、自分の胸に押しつけたいと思うような気分で、まず晴れ渡った空を仰いで見て、桜の木の赤味を帯びた枝の方を見・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ 平作は、銃を持って、家の外に走り出ました。そして、おじいさんの振り向く方を見て、「あれか。」といって、黒いものをねらって打ちました。 しかし、弾は、急所をはずれたので、おおかみは、雪の上に跳り上がって、逃げてしまいました。 お・・・ 小川未明 「おおかみをだましたおじいさん」
・・・ いよいよ別れを告げて、五つの赤いそりは、氷の上を走り出ました。沖の方を見やると、灰色にかすんでいました。ちょうど、昨日と同じような景色であったのです。みんなのものの胸の中には、いい知れぬ不安がありました。そのうちに、赤いそりは、だんだ・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ 自分は学校の門を走り出た。そして家には帰らず、直ぐ田甫へ出た。止めようと思うても涙が止まらない。口惜いやら情けないやら、前後夢中で川の岸まで走って、川原の草の中に打倒れてしまった。 足をばたばたやって大声を上げて泣いて、それで飽き・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 自分は小山にこの際の自分の感情を語りながら行くと、一条の流れ、薄暗い林の奥から音もなく走り出でまた林の奥に没する畔に来た。一個の橋がある。見るかげもなく破れて、ほとんど墜ちそうにしている。『下手な画工が描きそうな橋だねエ』と自分は・・・ 国木田独歩 「小春」
都に程近き田舎に年わかき詩人住みけり。家は小高き丘の麓にありて、その庭は家にふさわしからず広く清き流れ丘の木立ちより走り出でてこれを貫き過ぐ。木々は野生えのままに育ち、春は梅桜乱れ咲き、夏は緑陰深く繁りて小川の水も暗く、秋・・・ 国木田独歩 「星」
・・・すると、樫の棒を持った番人が銅羅声をあげて、掛小屋の中から走り出て来る。 が、番人が現場へやって来る頃には、僕等はちゃんと、五六本の松茸を手籠にむしり取って、小笹が生いしげった、暗い繁みや、太い黒松のかげに、息をひそめてかくれていた・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・モンペイをはいたタエが、にこ/\しながら走り出て来た。「――ちゃんと、ケージのロープまで、もとの継いだやつにつけ直しちゃったんだよ。」「今日こそ、くそッ、何もかも洗いざらい見せてやるぞ。」「何人俺等が死んだって、埋葬料は、鉱車一杯の・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ なんでも兎は、草叢があったあたりからちょか/\走り出して来ては、雪の中へ消え、暫らくすると、また、他の場所からちょか/\と出て来た。その大きな耳がまず第一に眼についた。でも、よほど気をつけていないと雪のようで見分けがつかなかった。・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
出典:青空文庫