・・・膝の上にのせれば、跨ぐ。敷居に置けば、蹴る、脇へずらせば踏もうとする。「ちょッ。」 一樹の囁く処によれば、こうした能狂言の客の不作法さは、場所にはよろうが、芝居にも、映画場にも、場末の寄席にも比較しようがないほどで。男も女も、立てば・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・戸口を跨ぐや否や「お母さん!」と、呼ばずにはいられないのです。「はーい」と、いう、お母さんのやさしい声をきく時、ほんとうにうれしく、心に満足を覚えるでありましょう。 また、学校にいて、半日、お母さんの顔を見ないことは子供にとっては、・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・ 自分もそれなり降りて花床を跨ぐ。はかなげに咲き残った、何とかいう花に裾が触れて、花弁の白いのがはらはらと散る。庭は一面に裏枯れた芝生である。離れの中二階の横に松が一叢生えている。女松の大きいのが二本ある。その中に小さな水の溜りがある。・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫