・・・ある人が部屋の中を照らそうとして電燈を買って来た時、路上の人がそれを奪って往来安全の街燈に用いてさらに便利を得たとしても、電燈を買った人はそれを自分の功績とすることはできない。その「することはできない」という覚悟をもって自分の態度にしたいも・・・ 有島武郎 「片信」
・・・は生れぬものとすれば、そういう詩、そういう文学は、我々――少くとも私のように、健康と長寿とを欲し、自己及自己の生活を出来るだけ改善しようとしている者に取っては、無暗に強烈な酒、路上ででも交接を遂げたそうな顔をしている女、などと共に、全然不必・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・小樽の人はそうでない、路上の落し物を拾うよりは、モット大きい物を拾おうとする。あたりの風物に圧せらるるには、あまりに反撥心の強い活動力をもっている。されば小樽の人の歩くのは歩くのでない、突貫するのである。日本の歩兵は突貫で勝つ、しかし軍隊の・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・奥州……花巻より十余里の路上には、立場三ヶ所あり。その他はただ青き山と原野なり。人煙の稀少なること北海道石狩の平野よりも甚し。 と言われたる、遠野郷に、もし旅せんに、そこにありてなおこの言をなし得んか。この臆病もの覚束なきな・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・ 冬陽は郵便受のなかへまで射しこむ。路上のどんな小さな石粒も一つ一つ影を持っていて、見ていると、それがみな埃及のピラミッドのような巨大な悲しみを浮かべている。――低地を距てた洋館には、その時刻、並んだ蒼桐の幽霊のような影が写っていた。向・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 自動車は、くさい瓦斯を路上に撒いた。そして、路傍に群がって珍らしげに見物している子供達をあとに、次のB村、H村へ走った。五 十一月になった。 ある夜、トシエは子を産んだ。兄は、妻の産室に這入った。が、赤ン坊の叫び声・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・されど味のわろからぬまま喰い尽しけるに、半里ほど歩むとやがて腹痛むこと大方ならず、涙を浮べて道ばたの草を蓐にすれど、路上坐禅を学ぶにもあらず、かえって跋提河の釈迦にちかし。一時ばかりにして人より宝丹を貰い受けて心地ようやくたしかになりぬ。お・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・美々しく着飾ったコサック騎兵が今にも飛び出して来そうな気さえして、かれも心の中では、年甲斐もなく、小桜縅の鎧に身をかためている様なつもりになって、一歩一歩自信ありげに歩いてみるのだが、春の薄日を受けて路上に落ちているおのれの貧弱な影法師を見・・・ 太宰治 「花燭」
・・・雨に濡れながら二人、路上でむき合って立ったまま、しばらく黙っている。へんなものだった。「幸吉さんを知っていますか。」いやに、なれなれしく、幾分からかうような口調で、そんなこと言い出した。「内藤幸吉さんを。ご存じでしょう?」「内藤、幸・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・ ある日大きな芋虫が路上をはっているのを、子供らが見つけて池の中へ投げ込んだら、あひるは始めのうちは見るには見ても、それが食物になるという事に気がつかないのか、いっこう無頓着なように見えたが、しばらくしてから気がついてついばんではみたも・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫