・・・すると後者はその債務を果たすまでその円以外に踏み出す事が出来ない。もし出れば死刑に処せられる。 こういう法律は今日では賛成者が少なそうに思われる。債務者の方が多数だから。 七 三七二頁には次のような話があ・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・しかしルクレチウスなしにいかなる科学の部門でも未知の領域に一歩も踏み出すことは困難であろう。 今かりに現代科学者が科学者として持つべき要素として三つのものを抽出する。一つはルクレチウス的直観能力の要素であってこれをLと名づける。次は数理・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・しかしそこをくぐることによって、もしそうでなかったら決して生涯見ることのなかったはずの珍しく新しい国を遍歴する第一歩を踏み出すことができるのである。もっともこのようなことは何も連句に限らず他の百般の事がらに通有ないわゆる「転機」の妙用に過ぎ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ その夜、わたくしと娘とはいつものように、いつもの道を行こうとしたが、二足三足踏み出すが早いか、雪は忽ち下駄の歯にはさまる。風は傘を奪おうとし、吹雪は顔と着物を濡らす。しかし若い男や女が、二重廻やコートや手袋襟巻に身を粧うことは、まだ許・・・ 永井荷風 「雪の日」
・・・ 三 先ず、女性の作家に加えられた評言に就て反省して見る事は、即ち持つならば或る欠点や、羈絆から脱して、よりよい次の一歩を踏出す事に成るのではないだろうか。 自分はそれを詰らない事だとも、恥しい事だとも・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・ けれども、ここに幸福の輝きは溢れていないと、更に一層ゆくえさだかならぬ自身の幸福への模索に踏み出すのである。 人間の文明がおさなければおさないほど、自然界と人間社会とのできごとを、単純な観念で固定させて来たことは、今日までの歴史に面白・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・極度の静謐、すっかり境界がぼやけ、あらゆる固執を失った心と対象との間に、自ら湧き起る感興、想念と云うもので先ずその第一歩を踏み出すのが創作の最も自然な心の態度らしく感ぜられ始めたのである。何たる沈黙、沈黙を聞取ろうと耳傾ける沈黙――人が、己・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
出典:青空文庫