・・・ 呼びかけられた店員の一人は、ちょうど踏台の上にのりながら、高い棚に積んだ商品の箱を取り下そうとしている所だった。「ただ今じゃありませんよ。もうそちらへいらっしゃる時分だって云っていましたよ。」「そうか。そんなら美津のやつ、そう・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・お前たちは遠慮なく私を踏台にして、高い遠い所に私を乗り越えて進まなければ間違っているのだ。然しながらお前たちをどんなに深く愛したものがこの世にいるか、或はいたかという事実は、永久にお前たちに必要なものだと私は思うのだ。お前たちがこの書き物を・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ さよ子は、家の中がにぎやかで、春のような気持ちがしましたから、どんなようすであろうと思って、その窓の際に寄り添って、そこにあった石を踏み台にして、その上に小さな体を支えて中をのぞいてみました。 へやの中はきれいに飾ってあります。大・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ 蜜柑箱を墨で塗って、底へ丸い穴を開けたのへ、筒抜けの鑵詰の殻を嵌めて、それを踏台の上に乗せて、上から風呂敷をかけると、それが章坊の写真機である。「またみんなを玩具にするのかい」と小母さんが笑う。この細工は床屋の寅吉に泣きついて・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・冗談にもせよ、人の作品を踏台にして、そうして何やら作者の人柄に傷つけるようなスキャンダルまで捏造した罪は、決して軽くはありません。けれども、相手が、一八七六年生れ、一昔まえの、しかも外国の大作家であるからこそ、私も甘えて、こんな試みを為した・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・試みに豊国の酒樽を踏み台にして桜の枝につかまった女と、これによく似た春信の傘をさして風に吹かれる女とを比較してみればすべてが明瞭になりはしないか。後者において柳の枝までが顔や着物の線に合わせて音楽を奏しているのに、おそらく同じつもりでかいた・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・この車を引っぱる電気機関車がまた実に簡単で愉快なものである、大きな踏み台か、小さな地蔵堂のような格好をした鉄箱の中に機関手が収まっている。その箱の上に二本鉄棒を押し立てて、その頂上におもちゃの弓をつけたような格好のものである。それでもこれが・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・子供らはいくら止めても聞かないで、高い踏み台を持ち出してそれをのぞきに行くのであった。私はなんとはなしにチェホフの小品にある子猫と子供の話を思い浮かべて、あまりきびしくそれをとがめる気にもなれなかった。 子猫の目のあきかかるころになって・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・その設計の詳細をいちばんよく知っているはずの設計者自身が主任になって倒壊の原因と経過とを徹底的に調べ上げて、そうしてその失敗を踏み台にして徹底的に安全なものを造り上げるのが、むしろほんとうに責めを負うゆえんではないかという気がするのである。・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・車掌は踏台から乗り出すようにして、ちょっと首をかしげて右の手でものを捧げるような手つきをしながら「もう一枚頂きましょう」と云ってニヤニヤした。 下り立った街路からの暑い反射光の影響もあったろうし、朝からの胃や頭の工合の効果もあったかもし・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫