・・・ その場へ踏み込み扶けてくりょうと、いきなり隔の襖を開けて、次の間へ飛込むと、広さも、様子も同じような部屋、また同じような襖がある。引開けると何もなく、やっぱり六畳ばかりの、広さも、様子も、また襖がある。がたりと開ける、何もなくて少しも・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・とここまで踏み込みたる上は、かよわき乙女の、かえって一徹に動かすべくもあらず。ランスロットは惑う。 カメロットに集まる騎士は、弱きと強きを通じてわが盾の上に描かれたる紋章を知らざるはあらず。またわが腕に、わが兜に、美しき人の贈り物を見た・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・おまけに、なんだか底の知れない泥沼に踏み込みでもしたように、深谷の挙動が疑われ出した。 深谷はカッキリ、就寝ラッパ――その中学は一切をラッパでやった――が鳴ると同時にコツコツと、二階から下りてきた。 安岡は全く眠ったふうを装った。が・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・と、雑草を掻き分けて踏み込みながら云った。「ここはいい地面です。あの通り北がずっと松林で囲まれて、こう南が開いていますから。――五百坪ですか」「そうでしたっけね。……去年来たときから見るとその辺の樹も太くなったようですね」「・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫