・・・「お前も知ってのとおり深田はおら家などよりか身上もずっとよいし、それで旧家ではあるし、おつねさんだって、あのとおり十人並み以上な娘じゃないか。女親が少しむずかしやだという評判だけど、そのむずかしいという人がたいへんお前を気に入ってたって・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「そうですよ伯父さん、わたしも一頃は余程迷ったから、伯父さんに心配させましたが、去年の春頃から大へん真面目になりましてね、今年などは身上もちっとは残りそうですよ、金で残らなくてもあの、小牛二つ育てあげればって、此節は伯父さん、一朝に二か・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・残をおしがる男を見すてて恥も外聞もかまわないで家にかえると親の因果でそれなりにもしておけないので三所も四所も出て長持のはげたのを昔の新らしい時のようにぬりなおして木薬屋にやると男にこれと云うきずもなく身上も云い分がないんでやたらに出る事も出・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・と新造が横から引き取って、「一体その娘の死んだ親父というのが恐ろしい道楽者で自分一代にかなりの身上を奇麗に飲み潰してしまって、後には借金こそなかったが、随分みじめな中をお母と二人きりで、少さい時からなかなか苦労をし尽して来たんだからね。並み・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・これは商人で、大身上で、素敵な物を買出すので名を得ていた。千金を惜まずして奇玩をこれ購うので、董元宰の旧蔵の漢玉章、劉海日の旧蔵の商金鼎なんというものも、皆杜九如の手に落ちた位である。この杜九如が唐太常の家にある定鼎の噂を聞いていて、かねが・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・金銭だに納付せば位階は容易に得べき当時の風習をきたなきものに思い、位階は金銭を以て購うべきものにあらずとて、死ぬるまで一勾当の身上にて足れりとした。天保十一年、竹琴を発明し、のち京に上りて、その製造を琴屋に命じたところが、琴屋のあるじの曰く・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・それに姉も先方の身上を買い被っていたらしいんだ。そこは僕も姉を信じたのが悪かったけれど、大変いいような話だったからね」「ふみ江さんが片づきなすったんですか」お絹が訊いた。「それでごたごたしているんだがね」「あの方もいい縹緻でした・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・手堅にすれば楽な身上であった。夫婦は老いて子がなかった。彼はそこへ行ってから間もなく娵をとった。其家の財産は太十の縁談を容易に成就させたのであった。二 太十が四十二の秋である。彼は遠い村の姻戚へ「マチ呼バレ」といって招かれて・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・というマークは持ち主の身上を街上にさらして或る意味では示威しているような結果にもなり、そこにはそこでの悲喜劇もあるだろう。その車から出た老人は店員が頭を下げている前を通って店内に消えた。堂々たる飾窓のなかにある女の身のまわり品の染直しものだ・・・ 宮本百合子 「新しい美をつくる心」
・・・張り……それはあなたの身上です。ピンと来るようなところが全く気持がいい。あれであなたから都会人の感傷性とをマイナスすれば当然ソシアリストになる人柄です……と云うと胸が悪くなりますか。」 女の掠があった時代の書簡であるから、胸が悪くなる云・・・ 宮本百合子 「「或る女」についてのノート」
出典:青空文庫