・・・――田口一等卒は身構えながら、こうその叩頭を解釈した。 叩頭が一通り済んでしまうと、彼等は覚悟をきめたように、冷然と首をさし伸した。田口一等卒は銃をかざした。が、神妙な彼等を見ると、どうしても銃剣が突き刺せなかった。「ニイ、殺すぞ!・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・僕は高飛びの身構えをしました。「レデー・オン・ゼ・マーク……ゲッセット……ゴー」 力一杯跳ね上がったと思うと、僕の体はどこまでもどこまでも上の方へと登って行きます。面白いように登って行きます。とうとう帽子の所に来ました。僕は力みかえ・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ この女像にして、もし、弓矢を取り、刀剣を撫すとせんか、いや、腰を踏張り、片膝押はだけて身構えているようにて姿甚だととのわず。この方が真ならば、床しさは半ば失せ去る。読む人々も、かくては筋骨逞しく、膝節手ふしもふしくれ立ちたる、がんまの・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・けれども、以前見覚えた、両眼真黄色な絵具の光る、巨大な蜈むかでが、赤黒い雲の如く渦を巻いた真中に、俵藤太が、弓矢を挟んで身構えた暖簾が、ただ、男、女と上へ割って、柳湯、と白抜きのに懸替って、門の目印の柳と共に、枝垂れたようになって、折から森・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・そして身構えた。 が、そのまま何もなくバッタリ留んだ。――聞け、時に、ピシリ、ピシリ、ピシャリと肉を鞭打つ音が響く。チンチンチンチンと、微に鉄瓶の湯が沸るような音が交る。が、それでないと、湯気のけはいも、血汐が噴くようで、凄じい。 ・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ ちょうど段々中継の一土間、向桟敷と云った処、さかりに緋葉した樹の根に寄った方で、うつむき態に片袖をさしむけたのは、縋れ、手を取ろう身構えで、腰を靡娜に振向いた。踏掛けて塗下駄に、模様の雪輪が冷くかかって、淡紅の長襦袢がはらりとこぼれる・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・吉弥ははにかんで立ち上り、身構えをした。 お袋の糸はなかなかしッかりしている。「わがーアものーオと」の歌につれて、吉弥は踊り出したが、踊りながらも、「何だかきまりが悪い、わ」と言った。 そのはにかんでいる様子は、今日まで多く・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・日本の文人は東京の中央で電灯の光を浴びて白粉の女と差向いになっていても、矢張り鴨の長明が有為転変を儚なみて浮世を観ずるような身構えをしておる。同じデカダンでも何処かサッパリした思い切りのいゝ精進潔斎的、忠君愛国的デカダンである。国民的の長所・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・そして、いつも苛められる弱い生徒が、体を固くして、隅のところに縮んで、警戒する身構えを忘れることができません。それと関聯して、校庭にあった、あの一本の苛められた大杉の木が、傷ましい姿で、よく生を保ちつゝあった強い姿を忘れることができません。・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・Sは銃につけ剣して、いかめしく身構えて、つまり見張りの役をしていたのだ。ほかの兵隊達は皆見送人と、あちこちに集いながら団欒しているので、自分がその見張りの役を買っているのだと、彼は淋しい顔もせずに言った。彼には見送人が私のほかには無かったの・・・ 織田作之助 「面会」
出典:青空文庫