・・・ひらりと身を躱すが早いか、そこにあった箒をとって、又掴みかかろうとする遠藤の顔へ、床の上の五味を掃きかけました。すると、その五味が皆火花になって、眼といわず、口といわず、ばらばらと遠藤の顔へ焼きつくのです。 遠藤はとうとうたまり兼ねて、・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・敵の大将は身を躱すと、一散に陣地へ逃げこもうとした。保吉はそれへ追いすがった。と思うと石に躓いたのか、仰向けにそこへ転んでしまった。同時にまた勇ましい空想も石鹸玉のように消えてしまった。もう彼は光栄に満ちた一瞬間前の地雷火ではない。顔は一面・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ 今日の若い娘は女の歴史的な成長の意味からも当面しているたくさんの問題から自分だけは身を躱す目先の利口さを倫理とすべきではないと思う。〔一九四〇年八月〕 宮本百合子 「若い娘の倫理」
出典:青空文庫