・・・ 振向いた運転手に、記者がちょっとてれながら云ったので、自動車はそのまま一軋りして進んだ。 沼津に向って、浦々の春遅き景色を馳らせる、……土地の人はと云う三津の浦を、いま浪打際とほとんどすれすれに通る処であった。しかし、これは廻り路・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ また、きしきしという軋りが聞えて、氷上蹄鉄を打ちつけられた馬が、氷を蹴る音がした。「来ているぞ。また、来ているぞ」 ワーシカは、二重硝子の窓に眼をよりつけるようにして、外をうかがった。「偉大なる転換の一年」を読んでいたシーシコ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・鉱車は、地底に這っている二本のレールを伝って、きし/\軋りながら移動した。 窮屈な坑道の荒い岩の肌から水滴がしたゝり落ちている。市三は、刀で斬られるように頸すじを脅かされつゝ奥へ進んだ。彼は親爺に代って運搬夫になった。そして、細い、たゆ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・そをくみあげる小さな一つの 釣瓶昼はひねもす 夜はよもすがらささやかに 軋り まわれど水は つきずわが おもい 絶ゆることなし。或時は、疲れたる手を止め瞳遠き彼方を見る。美しい五月の自然白雲の・・・ 宮本百合子 「五月の空」
出典:青空文庫