・・・青森の中学校を出て、それから横浜の或る軍需工場の事務員になって、三年勤め、それから軍隊で四年間暮し、無条件降伏と同時に、生れた土地へ帰って来ましたが、既に家は焼かれ、父と兄と嫂と三人、その焼跡にあわれな小屋を建てて暮していました。母は、私の・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・島田の小説がこの数年来ちっとも発表されなくなったのも、この大戦で、小説家たちも軍需工場か何かに進出して行かざるを得なくなったからだろうくらいに考えていました。しかし、新作の小説が出なくても、私の手許には、以前の島田の本が何冊も残っています。・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・大小の軍需成金たちは、戦時利得税や、財産税をのがれるために濫費、買い漁りをしているから、インフレーションは決して緩和されない。却って、最近悪化して来ている。いくら、待遇改善しても、月給は物価に追いつく時は決してない。これがインフレーションの・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・校長先生の息子さんの経営で軍需インフレで繁栄している工場へ働いて、貰ったいくばくかの金を再び学校で、その阿母さんに払うのだとしたら、それらの可憐な女学生女工の二時間の労働というものの実質は、どこでどのように支払われたということになるのだろう・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 広く知られている通りイタリーのアフリカ植民地政策の活溌さはエチオピア問題を見ても明かであり、リビアは最近急速に戦時軍需資源の獲得地となっている。鉄、ニッケル、ジュラルミン等の原鉱を多量に生産することが分ったそのためにイタリーは附近の土・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ こういう娘たちの大部分は戦争中、徴用で軍需工場に働いていた。そのときの彼女たちは、断髪に日の丸はちまきをしめて、日本の誇る産業戦士であった――寮でしらみにくわれながらも。彼女たちの働く姿は新聞に映画にうつされた。あなたがたの双肩に日本・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・ 私はヴォルフの写真帖などを一つ二つ知っているだけであるが、カメラの美しさについては無関心ではないのである。軍需工場に働いている青年労働者は、昨今、景気のいい方の組で、かなりの金が手に入る。金はあるが、つかい道に困る。急に金は持ったが、・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・ 就職線は拡大せられたと軍需工場について新聞は報じているが、私達の目前には解雇によって生涯を不具になった一少女が立っている。私たちは謙遜に偏見なしに自分たちのおかれている周囲の現実を眺める。そして所謂日本の国際的進出によって、どの位女の・・・ 宮本百合子 「暮の街」
・・・政府は、モラトリアムまで布きながら、今だに、軍需産業への補償というようなことを云っている。「欠損をしている」のは、帳面づらだけだと、誰にも分りきった軍需生産者、つまるところは、戦争で儲けつくした者たちに、何故か幣原内閣は、なおも追銭をやらな・・・ 宮本百合子 「現実の必要」
・・・心持の失望と苦悩、そういう久作の昔気質の職人肌なものの考えかたは女房友代への態度にも発揮されて最後にその久作も情勢の圧力と妻の情愛、仲間たちのさしのばす手、情理をわきまえた理事長の説得などによって今は軍需品をつくっている工場へ入る覚悟がきま・・・ 宮本百合子 「「建設の明暗」の印象」
出典:青空文庫