・・・夕焼けの雲の色、霜枯れの野の色を見ては、どうしたらあんな色が出来るだろうと、それが一つの胸を轟かすような望みであった。伯父は画かきになったらどうだと云った事がある。自分も中学に居た頃父にその事を話して、絵を習わせてくれぬかと願った事がしばし・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・海抜二百メートルくらいの山脈をへだてて三里もさきの海浜を轟かす土用波の音が山を越えて響いてくるのである。その重苦しい何かしら凶事を予感させるような単調な音も、夕凪の夜の詩には割愛し難い象徴的景物である。 東京という土地には正常の意味での・・・ 寺田寅彦 「夕凪と夕風」
・・・ 相当の家作持ちらしく、若い夫妻である彼等は、決して、近所で名を轟かす、大家の虎屋のようなものではないらしかった。 勿論虎屋と云っても、別に特別な悪行をしかけたこともなかったが、そう云う名の苟且にもある者に対しての心持は、決して朗ら・・・ 宮本百合子 「又、家」
出典:青空文庫