・・・ 四 黒竜江の結氷が轟音とともに破れ、氷塊は、濁流に押し流されて動きだす春がきた。 河蒸汽ののどかな汽笛が河岸に響きわたった。雪解の水は、岸から溢れそうにもれ上がっている。帆をあげた舟、発動汽船、ボート、櫓で漕ぐ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・ 女や、子供や、老人の叫喚が、逃げ場を失った家畜の鳴声に混って、家が倒れ、板が火に焦げる刺戟的な音響や、何かの爆発する轟音などの間から聞えてくる。 見晴しのきく、いくらか高いところで、兵士は、焼け出されて逃げてくる百姓を待ち受けて射・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ほかの坑道にいた坑夫達がドエライ震動と、轟音にびっくりして馳せつけたのだ。彼等も蒼白になっていた。 井村は新しいカンテラでホッとよみがえった気がした。今まで、鉱車や、坑木に蹲った坑夫や、女達や、その食い終った空の弁当箱などがあったその上・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・ 午前五時、午前九時、正午十二時、午後三時、午後六時には取入口から水路、発電所、堰堤と、各所から凄じい発破の轟音が起った。沢庵漬の重石程な岩石の破片が数町離れた農家の屋根を抜けて、囲炉裏へ飛び込んだ。 農民は駐在所へ苦情を持ち込んだ・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・静寂が破れて轟音が朝を掻き裂いた。運転手も火夫も、鋭い表情になって、機械に吸い込まれてしまった。 ――遊んでちゃ食えないんだ。だから働くんだ。働いて怪我をしても、働けなくなりゃ食えないんだ!―― 私は一つの重い計画を、行李の代りに背・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・低空飛行をやっていると見えて、プロペラの轟音は焙りつけるように強く空気を顫わし、いかにも悠々その辺を旋回している気勢だ。 私は我知らず頭をあげ、文明の徴証である飛行機の爆音に耳を傾けた。快晴の天気を語るように、留置場入口のガラス戸にペン・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・ 白い汽車の煙と、轟音と、稚い唱歌の節が五月の青空に浮んで、消えて、再びレールが車輪の下で鳴った。 稲毛の停車場から海岸まで彼等は田舎道を歩いた。余り人通りもなかった。二つの影が落ちる。道は白く乾いて右手に麦畑がある。尾世川は麦の葉・・・ 宮本百合子 「帆」
出典:青空文庫