・・・―― 一 無言に終始した益軒の侮蔑は如何に辛辣を極めていたか! 二 書生の恥じるのを欣んだ同船の客の喝采は如何に俗悪を極めていたか! 三 益軒の知らぬ新時代の精神は年少の書生の放論の中にも如何に溌溂と鼓動していたか! ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・思うにスヰフトも親友中には、必恒藤恭の如き、辛辣なる論客を有せしなるべし。 恒藤は又謹厳の士なり。酒色を好まず、出たらめを云わず、身を処するに清白なる事、僕などとは雲泥の差なり。同室同級の藤岡蔵六も、やはり謹厳の士なりしが、これは謹厳す・・・ 芥川竜之介 「恒藤恭氏」
・・・と思うとたちまち想像が破れて、一陣の埃風が過ぎると共に、実生活のごとく辛辣な、眼に滲むごとき葱のにおいが実際田中君の鼻を打った。「御待ち遠さま。」 憐むべき田中君は、世にも情無い眼つきをして、まるで別人でも見るように、じろじろお君さ・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・巴自身の目撃した悪魔の記事が、あの辛辣な弁難攻撃の間に態々引証されてあるからである。この記事が流布本に載せられていない理由は、恐らくその余りに荒唐無稽に類する所から、こう云う破邪顕正を標榜する書物の性質上、故意の脱漏を利としたからでもあろう・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・あとでどう辛辣に変ろうとも、また、そうでなくては「あばく」ことにもならないわけだが、ここらあたりまでは、お前も辛抱できるだろう。もっとも、二つの罰金刑を素っ破抜かれた点は、いくらか痛かろうが……。 嘘も無さそうだ。いや、一個所だけある。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・そしてかなり辛辣に描かれている。しかもそうした友人たちが主催となって、彼の成功した労作のために祝意を表そうというのだ。作者としては非常な名誉なわけだ。 午後、土井は袴羽織の出席の支度で、私の下宿へ寄った。私は昨晩から笹川のいわゆるしっぺ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・そしてそういう女の弱点がかなり辛辣にえぐられていた。龍介は自分自身の経験がもう一度そこに経験しなおされていることを感じた。 彼は歩きながら『黄金狂時代』はぜひ見に行こうと思った。彼がその通りを曲ったとき、ちょうどその角に五、六人の人が立・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・作者が肉体的に疲労しているときの描写は必ず人を叱りつけるような、場合によっては、怒鳴りつけるような趣きを呈するものでありますが、それと同時に実に辛辣無残の形相をも、ふいと表白してしまうものであります。人間の本性というものは或いはもともと冷酷・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・』などと辛辣な一矢を放っているあたり、たしかに貴下の驚異的な進歩だと思いました。私のあの覆面の手紙が、ただちに貴下の製作慾をかき起したという事は、私にとってもよろこばしい事でした。女性の一支持が、作家をかく迄も、いちじるしく奮起させるとは、・・・ 太宰治 「恥」
・・・この次男は、兄妹中で最も冷静な現実主義者で、したがって、かなり辛辣な毒舌家でもあるのだが、どういうものか、母に対してだけは、蔓草のように従順である。ちっとも意気があがらない。いつも病気をして、母にお手数をかけているという意識が胸の奥に、しみ・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫