・・・ 停車場には農場の監督と、五、六人の年嵩な小作人とが出迎えていた。彼らはいずれも、古手拭と煙草道具と背負い繩とを腰にぶら下げていた。短い日が存分西に廻って、彼の周囲には、荒くれた北海道の山の中の匂いだけがただよっていた。 監督を先頭・・・ 有島武郎 「親子」
・・・「何んていうだ農場は」 背丈けの図抜けて高い彼れは妻を見おろすようにしてこうつぶやいた。「松川農場たらいうだが」「たらいうだ? 白痴」 彼れは妻と言葉を交わしたのが癪にさわった。そして馬の鼻をぐんと手綱でしごいてまた歩き・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
八月十七日私は自分の農場の小作人に集会所に集まってもらい、左の告別の言葉を述べた。これはいわば私の私事ではあるけれども、その当時の新聞紙が、それについて多少の報道を公けにしたのであるが、また聞きのことでもあるから全く誤・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・黒河からやってくる者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊の活動や、青年労働者のデモを見たいがためにやってくる。そういう風に見える。しかし、なかには、大褂児の下に絹の靴下を、二三十足もかくしていた・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・またそこに行く途中には柵で囲まれた六つの農場と、六つの門とがあるという事を、百姓から聞かされていました。 でいよいよ出かけました。 やがて二人は石ころや木株のある険しい坂道にかかりましたので、おかあさんは子どもを抱きましたが、なかな・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・津軽海峡、トラピスト、函館、五稜郭、えぞ富士、白樺、小樽、札幌の大学、麦酒会社、博物館、デンマーク人の農場、苫小牧、白老のアイヌ部落、室蘭、ああ僕は数えただけで胸が踊る。五時間目には菊池先生がうちへ宛てた手紙を渡して、またいろいろ話され・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
夏休みの十五日の農場実習の間に、私どもがイギリス海岸とあだ名をつけて、二日か三日ごと、仕事が一きりつくたびに、よく遊びに行った処がありました。 それは本とうは海岸ではなくて、いかにも海岸の風をした川の岸です。北上川の西岸でした。東・・・ 宮沢賢治 「イギリス海岸」
小岩井農場の北に、黒い松の森が四つあります。いちばん南が狼森で、その次が笊森、次は黒坂森、北のはずれは盗森です。 この森がいつごろどうしてできたのか、どうしてこんな奇体な名前がついたのか、それをいちばんはじめから、すっ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ それは小岩井農場の南、あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれの西がわでした。かれ草の中に二本のうずのしゅげが、もうその黒いやわらかな花をつけていました。 まばゆい白い雲が小さな小さなきれになって砕けてみだれて、空をいっぱい東の方・・・ 宮沢賢治 「おきなぐさ」
一 午前八時五分 農場の耕耘部の農夫室は、雪からの反射で白びかりがいっぱいでした。 まん中の大きな釜からは湯気が盛んにたち、農夫たちはもう食事もすんで、脚絆を巻いたり藁沓をはいたり、はたらきに出る支度をしていました。 俄・・・ 宮沢賢治 「耕耘部の時計」
出典:青空文庫