・・・禽も啼かざる山間の物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし、筒袖の単衣着て藁草履穿きたる農民の婦とおぼしきが、鎌を手にせしまま那処よりか知らず我らが前に現れ出でければ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・それは**されている労働者農民が、その**の**から**を**するための***なものなのだ。われ/\は****もこの**を***ものではないことを、全われ/\同志を代表して云っておく。」と叫んだ。この時、傍聴していた若い男が拍手をして、法廷・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・この子の机のそばには、本箱なぞも置いてあって、農民と農村に関する書籍の入れてあるのも私の目についた。 その日は私は新しい木の香のする風呂桶に身を浸して、わずかに旅の疲れを忘れた。私は山家らしい炉ばたで婆さんたちの話も聞いてみたかった。で・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ 私は極貧の家に生れながら、農民の事を書いた小説などには、どうしても親しめず、かえって世の中から傲慢、非情、無思想、独善などと言われて攻撃されていたあなたの作品ばかりを読んで来ました。農民を軽蔑しているのではありません。むしろ、その逆で・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・けれども私は、労働者と農民とが私たちに向けて示す憎悪と反撥とを、いささかも和げてもらいたくないのである。例外を認めてもらいたくないのである。私は彼等の単純なる勇気を二なく愛して居るがゆえに、二なく尊敬して居るがゆえに、私は私の信じている世界・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・その声を聞き、忽ち先を争って、手のある限りの者は右往左往、おのれの分前を奪い合った。農民は原野に境界の杙を打ち、其処を耕して田畑となした時、地主がふところ手して出て来て、さて嘯いた。「その七割は俺のものだ。」また、商人は倉庫に満す物貨を集め・・・ 太宰治 「心の王者」
・・・しかしここでもわれわれが、あるいは私が、テンポのゆるやかすぎると感じるところは、ロシアの農民の多数にはおそらくそうは感じられないであろう。これは私が前に述べたリズム感の基礎をなす「固有週期」といったようなものがロシア農民と日本のファンとで著・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・シベリアの農民やモンタナのインド人にこの言葉があるかどうか聞いてみたい。英語やドイツ語やフランス語の風景という言葉にしても、それがわれわれのいう風景とはたしてどこまで内容的に一致するかも研究に値する。それはいずれにしても、日本のように多種多・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・しかれども連日雨に渇する東海道の農民にとりては、この予報は非常の福音たるに相違なかるべし。 次に地震の場合は如何。もし仮りに「来る六、七月の頃、東京地方に破壊的地震あるべし」との予報が科学的になし得られたりと仮定せよ。これが十分の公算を・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・こうした人々の談話の中には、農民一流の頑迷さが主張づけられていた。否でも応でも、彼らは自己の迷信的恐怖と実在性とを、私に強制しようとするのであった。だが私は、別のちがった興味でもって、人々の話を面白く傾聴していた。日本の諸国にあるこの種の部・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫