・・・長沙に六年もいるBさんはきょうも特に江丸へ出迎いに来てくれる筈になっていた。が、Bさんらしい姿は容易に僕には見つからなかった。のみならず舷梯を上下するのは老若の支那人ばかりだった。彼等は互に押し合いへし合い、口々に何か騒いでいた。殊に一人の・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・その上に高い帆柱のあるのが、云うまでもない迎いの船じゃ。おれもその船を見た時には、さすがに心が躍るような気がした。少将や康頼はおれより先に、もう船の側へ駈けつけていたが、この喜びようも一通りではない。現にあの琉球人なぞは、二人とも毒蛇に噛ま・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 羽織、袴、白襟、紋着、迎いの人数がずらりと並ぶ、礼服を着た一揆を思え。 時に、継母の取った手段は、極めて平凡な、しかも最上常識的なものであった。「旦那、この革鞄だけ持って出ますでな。」「いいえ、貴方。」 判然した優しい・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・斎木の御新造は、人魚になった、あの暴風雨は、北海の浜から、潮が迎いに来たのだと言った―― その翌月、急病で斎木国手が亡くなった。あとは散々である。代診を養子に取立ててあったのが、成上りのその肥満女と、家蔵を売って行方知れず、……下男下女・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・直ぐお迎いをというので、お前様、旦那に伺うとまあどうだろう。 御遊山を遊ばした時のお伴のなかに、内々清心庵にいらっしゃることを突留めて、知ったものがあって、先にもう旦那様に申しあげて、あら立ててはお家の瑕瑾というので、そっとこれまでにお・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・私はどんなところであろうと、氷の山を飛び越して迎いに行きますから……。」と、海豹は、眼に涙をためて言いました。風は行く先を急ぎながらも顧みて、「しかし海豹さん。秋頃、漁船がこのあたりまで見えましたから、その時人間に捕られたなら、もはや帰・・・ 小川未明 「月と海豹」
・・・ 弟の細君の実家――といっても私の家の分家に当るのだが――お母さん、妹さん、兄さんなど大勢改札口の外で、改った仕度で迎いに出ていてくれた。自動車をやっているので、長兄自身大型の乗合を運転して、昔のままの狭い通りや、空濠の土手の上を通った・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・贔屓のお屋敷から迎いを受けても参りません。其の癖随分贅沢を致しますから段々貧に迫りますので、御新造が心配をいたします。なれども当人は平気で、口の内で謡をうたい、或はふいと床から起上って足踏をいたして、ぐるりと廻って、戸棚の前へぴたりと坐った・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「じつは私の王さまが、ぜひあなたを王妃にしたいと仰いますので、はるばるお迎いにまいりましたのです。どうか私と一しょにいらっして下さいまし。」とウイリイは言いました。王女は、「それでは明日一しょに立ちましょう。しかし、とにかく、あちら・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
七月十七日朝上野発の「高原列車」で沓掛に行った。今年で三年目である。駅へ子供達が迎いに来ていた。プラットフォームに下り立ったときに何となく去年とはあたりの勝手が違うような気がしたがどこがどうちがったかということがすぐとは気・・・ 寺田寅彦 「高原」
出典:青空文庫