・・・ 近在は申すまでもなく、府中八王子辺までもお土産折詰になりますわ。三鷹村深大寺、桜井、駒返し、結構お茶うけはこれに限る、と東京のお客様にも自慢をするようになりましたでしょう。 三年と五年の中にはめきめきと身上を仕出しまして、家は建て・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・あと、二度までも近在の寺に頼んだが、そのいずれからも返して来ます。おなじく鼠が掛るので。……ところが、最初の山寺でもそうだったと申しますが、鼠が女像の足を狙う。……朝顔を噛むようだ。……唯今でも皆がそう言うのでございますがな、これが変です。・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・一体、この泊のある財産家の持地でござりますので、仮の小屋掛で近在の者へ施し半分に遣っておりました処、さあ、盲目が開く、躄が立つ、子供が産れる、乳が出る、大した効能。いやもう、神のごとしとござりまして、所々方々から、彼岸詣のように、ぞろぞろと・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困ると・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・山村水廓の民、河より海より小舟泛かべて城下に用を便ずるが佐伯近在の習慣なれば番匠川の河岸にはいつも渡船集いて乗るもの下りるもの、浦人は歌い山人はののしり、いと賑々しけれど今日は淋びしく、河面には漣たち灰色の雲の影落ちたり。大通いずれもさび、・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・か見えないが音はよく聞こえる水車、そこに幸ちゃんという息子がある、これも先生の厄介になッた一人で、卒業してから先生の宅へ夜分外史を習いに来たが今はよして水車の方を働いている、もっとも水車といっても都の近在だけに山国の小さな小屋とは一つになら・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・怒ってはならない、これが東京近在の若者の癖であるから。 教えられた道をゆくと、道がまた二つに分かれる。教えてくれたほうの道はあまりに小さくてすこし変だと思ってもそのとおりにゆきたまえ、突然農家の庭先に出るだろう。はたして変だと驚いてはい・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・一里も二里もあるところから通うという近在の生徒などは草鞋穿でやって来た。 まだ時が早くて、高瀬は先生の室を見る暇があった。教室の上にある二階の角が先生のデスクや洋風の書架の置並べてあるところだ。亜米利加に居た頃の楽しい時代でも思出したよ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・その狐の顔がそこの家の若い女房におかしいほどそっくりなので、この近在で評判になった。女房の方では少しもそんなことは知らないでいたが、先達ある馬方が、饅頭の借りを払ったとか払わないとかでその女房に口論をしかけて、「ええ、この狐め」「何・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 近在の人らしい両親に連れられた十歳くらいの水兵服の女の子が車に酔うて何度ももどしたりして苦しそうであるが、苦しいともいわずに大人しく我慢しているのが可哀相であった。白骨温泉へ行くのだそうで沢渡で下りた。子供も助かったであろうが自分もほ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
出典:青空文庫