・・・と言葉つき不思議なるを、国はと問えば広島近在のものなる由。飾り気一点なきも樸訥のさま気に入りてさま/″\話しなどするうち京都々々と呼ぶ車掌の声にあわたゞしく下りたるが群集の中にかくれたり。京に入りて息子とかの宿に行くまでの途中いさゝか覚束な・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・一寸突然ですがあなたはこの近在の農家のご出身ですか。」と云いました。 すると警察長はびっくりしたらしく、「全くご明察の通りです。」と答えました。「それではあなたは無断で家から逃げておいでになりましたね。お母さんが大へん泣いておい・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・配給で足りない部分を、女が近在の農家へ行って、藷だのその他の野菜を買込んで、自分達の背中で補って行くという仕事が始まった。一人の女性の生活を取ってみれば軍需生産への動員、家庭労働への負担、買出し、防空演習、その他への動員などと二重三重の働き・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
市が立つ日であった。近在近郷の百姓は四方からゴーデルヴィルの町へと集まって来た。一歩ごとに体躯を前に傾けて男はのそのそと歩む、その長い脚はかねての遅鈍な、骨の折れる百姓仕事のためにねじれて形をなしていない。それは鋤に寄りかかる癖がある・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・東京近在の百姓家の常で、向って右に台所や土間が取ってあって左の可なり広い処を畳敷にしてあるのが、只一目に見渡される。 縁側なしに造った家の敷居、鴨居から柱、天井、壁、畳まで、bitume の勝った画のように、濃淡種々の茶褐色に染まってい・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫