・・・どろぼうに見舞われたときにも、やはり一般市民を真似て、どろぼう、どろぼうと絶叫して、ふんどしひとつで外へ飛び出し、かなだらいたたいて近所近辺を駈けまわり、町内の大騒ぎにしたほうが、いいのか。それが、いいのか。私は、いやになった。それならば、・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・お盆の来るごとに亡き母の思い出を溜息つきながらひとに語り、近所近辺の同情を集めた。三郎は母を知らなかった。彼が生れ落ちるとすぐ母はそれと交代に死んだのである。いまだかつて母を思ってみたことさえなかったのである。いよいよ嘘が上手になった。黄村・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・これを科学的な目で見ると要するに馬の頭部の近辺に或る異常な光の現象が起こるというふうに解釈される。 次に注意すべきは、この怪異の起こる時の時間的分布である。すなわち「濃州では四月から七月までで、別して五六月が多いという。七月になりかかる・・・ 寺田寅彦 「怪異考」
・・・日曜に村の煮売屋などの二階から、大勢兵隊が赤い顔を出して、近辺の娘でも下を通りかかると、好的好的などと冷かしたり、グズグズに酔って二、三人も手を引き合うて狭い田舎道を傍若無人に歩いたりするのが、非常に不愉快な感じを起させた。兵隊はいやなもの・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・一、二月もたって近辺にぽつぽつバラックが建ち並ぶようになった頃に、思い出して行ってみたが、その店はまだ焼跡のままであった。料理場の跡らしい煉瓦の竈の崩れたのもそのままになっていた。この辺は地震の害もかなりひどくて人死にも相応にあったというか・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ある時大きなのがちょうど紅葉の葉を食っているところを見付けたが、頭をさしのべて高いところの葉を引き曲げ蚕が桑を食うと同じようにして片はしから貪り食うていた。近辺の葉はもうだいぶ喰い荒されているのであった。こんなところを見ているうちに簑虫に対・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・刈り株ばかりの冬田の中を紅もめんやうこんもめんで頬かぶりをした若い衆が酒の勢いで縦横に駆け回るのはなかなか威勢がいい、近辺のスパルタ人種の子供らはめいめいに小さな凧を揚げてそれを大凧の尾にからみつかせ、その断片を掠奪しようと争うのである。大・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・これはどういうわけかというと、砂粒が自然のままに落ち着いている時は、粒の間の空隙がなるたけ少ないようになっているが、足で踏んだりすると、その周囲の所は少し無理がいって空隙が多くなり、近辺の水を吸い込むからです。試みにこのような、充分水を含ん・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・かなり暑い日で近辺の森からは蝉の声が降るように聞こえていたと思う。 若い男の西洋人が取り次ぎに出た。書斎のような所へ通されると、すぐにケーベルさんが出て来た。上着もチョッキも着ないで、ワイシャツのままで出て来た。そしていきなり大きな葉巻・・・ 寺田寅彦 「二十四年前」
・・・ある日座敷の縁の下でのら猫が子を産んでいるという事が、それを見つけた子供から報告された。近辺の台所を脅かしていた大きな黒猫が、縁の下に竹や木材を押し込んである奥のほうで二匹の子を育てていた。一つは三毛でもう一つはきじ毛であった。 単調な・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫