・・・ 六 パルチザンは、山伝いに、カーキ色の軍服を追跡していた。 彼等は空に向って、たまをぶっぱなしたあの一角から、逃げのびた者だった。――その中には馬を焼かれたウォルコフもまじっていた。 そこらへんの山は、・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・逃げかくれたあたりを追跡してさがしたが、どうしても兎はそれから耳を見せなかった。「もう帰ろう。」 小村は立ち止まって、得体の知れない民屋があるのを無気味がった。「一匹もさげずに帰るのか、――俺れゃいやだ。」 吉田は、どん/\・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・秘密裡に犯人を追跡しているのに違い無い。 こうしては、おられない。金のある限りは逃げて、そうして最後は自殺だ。 鶴は、つかまえられて、そうして肉親の者たち、会社の者たちに、怒られ悲しまれ、気味悪がられ、ののしられ、うらみを言われるの・・・ 太宰治 「犯人」
・・・そしてすべての人心の所得をその真の源まで追跡する事が出来たら、この世界がいちばん多くの御蔭を蒙っているのは、最も独創力のある人々であった事を発見するだろう。またそういう人々がその生活の日ごとに、人類から彼等が負う負債を増しながら、同時に同胞・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・は非同時性モンタージュであり、カメラの回転追跡である。こういう例をあげれば際限はない。他日適当の場所で細説したいと思う。 録音と発音の機械的改良が進展して来る一方でまたトーキーファンの聴覚が訓練されて来れば、発声映画の可能性はさらに拡張・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・列の帰還を迎える場面でも行列はやはりわれわれ観客の前を横に通過するのであるが、ここでは前と反対にヒロインがその行列の向こう側に見え隠れにあわただしく行ったり来たりしてカメラはこの女の行動と表情を子細に追跡する。そうして女の心の中に刻々につの・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・だけは曲の構造をよく知っている上に、光像の踊りも簡単であるから、比較的らくに光像の進行を追跡することができたようである。第一のテーマは楽譜の形からも暗示されるように、彗星のような光斑がかわるがわるコンマのような軌跡を描いては消える。トリラー・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・望遠鏡の焦点面に平行に張られた五本の蜘蛛の糸を横ぎって進行する星の光像を目で追跡すると同時に耳でクロノメーターの刻音を数える。そうして星がちょうど糸を通過する瞬間を頭の中の時のテープに突き止めるのであるが、まだよく慣れないうちは、あれあれと・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・その直前にどんなことを考えていたかと思って聊か覚束ない寝覚めの記憶を逆に追跡したが、どうもその前の連鎖が見付からない。しかし、その少し前にこの夏泊った沓掛の温泉宿の池に居る家鴨が大きな芋虫を丸呑みにしたことを想い出していた。それ以外にはどう・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・それを追跡し分析し研究することはわれわれならびに未来の日本人にとってきわめて興味あり有意義であるのはもちろんであるが、そのような研究に意外な光明を投げるような発見の糸口があるいはかえってこうした草稿の断片の中に見いだされないとも限らないであ・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
出典:青空文庫