・・・刑事がここまで追跡する径路は甚だ不明であるが、つかまりさえすればそんなことはこの芝居にはどうでもよいので、これですっかり容疑者被告を造り上げる方の仕事が完成した訳である。 次は当然法廷の場である、憎まれ役の検事になるべく意地のわるい弁論・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・少なくもアインシュタイン以前の力学や電気学における基礎的概念の発展沿革の骨子を歴史的に追跡し玩味した後にまず特別相対性理論に耳を傾けるならば、その人の頭がはなはだしく先入中毒にかかっていない限り、この原理の根本仮定の余儀なさあるいはむしろ無・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・今ここで問題にしようというのは、『古事記』の中の古い歌謡から現在の短歌への進化の経路を追跡しようというのではなくて、反対にこれらの古い歌謡と先祖を同じくする遠い親類のようなものが何処か大陸にありはしないかということである。 こういう問題・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・それでその図の上に鉛筆で現在の位置をしるし、その脇へ日附をかいておいて、この夏中のこの遊星の軋道を図の上で追跡してみようという事にした。 それが動機になって子供は空のよくはれた晩には時々星座図を出して目立った星宿を見較べていた。その頃は・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・しかし一つの曲に修熟してその和音や旋律を記憶して後にそのレコードの音を専心に追跡しあるいは先導して行く場合にはかなりの程度までこの選択ができるように思われる。これは修練によってだれでも自然にできるだろうと思われるが、かつてある学者の試みたよ・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ 先生の俳句を年代順に見て行くと、先生の心持といったようなものの推移して行った迹が最もよく追跡されるような気がする。人に読ませるための創作意識の最も稀薄な俳句において比較的自然な心持が反映しているのであろう。例えば修善寺における大患以前・・・ 寺田寅彦 「夏目先生の俳句と漢詩」
・・・ここでもし徹底した科学的の方法で明白な論理を追跡して行きさえしたら、直ちにこのなんでもないミステリーは解けたであったろうが、少しはばかばかしくもなってきたので、この目前の、明らかに物理の方則と矛盾したような事実を、仮定的な「長押の裏の穴」で・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 一方において記紀万葉以来の詩に現われた民族的国民的に固有な人世観世界観の変遷を追跡して行くと、無垢な原始的な祖先日本人の思想が外来の宗教や哲学の影響を受けて漸々に変わって行く様子がうかがわれるのであるが、この方面から見ても蕉門俳諧の完・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・その後教授が半ばはその研究の資料を得るために半ばはこの自分を追跡する暗影を振り落とすためにアフリカに渡ってヘルワンの観測所の屋上で深夜にただ一人黄道光の観測をしていた際など、思いもかけぬ砂漠の暗やみから自分を狙撃せんとするもののあることを感・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
・・・この効果の最も著しく感ぜられる場合は、たとえば茂みの中を鉄砲を持って前進する猟者を側面から映写しながら追跡する場合である。スクリーンと自分の目とが静止しているとは思われなくて、スクリーンが猟者といっしょに進行するのを、絶えず目を横に動かして・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
出典:青空文庫