・・・ 大蛇が箱から逃げ出す場面で猿や熊の恐怖した顔のクローズアップを見せる。あの顔がよくできている。これに反して傘蛇に襲われた人間の芝居がかりの表情はわざとらしくておかしく、この映画の中でいちばんまずい場面である。わが国の映画界のえらいスタ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・ もしも東京市民があわてて逃げ出すか、あるいはあの大正十二年の関東震災の場合と同様に、火事は消防隊が消してくれるものと思って、手をつかねて見物していたとしたら、全市は数時間で完全に灰になることは確実である。昔の徳川時代の江戸町民は長い経・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・ このあひるが自身たちの室の前の道路に上がっているときに、パンやまんじゅうの皮の切れはしを投げてやると、はじめはこわそうに様子をうかがってはその餌をさらって急いで逃げ出す、そうして首を左右に曲げて人間なら横目づかいといったような格好で人・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・あまりうるさくなると相手になってかなり手荒く子猫の首をしめつけてころがしておいて逃げ出す事もあった。しかしそんな場合に口ぎたなくののしらないだけでも人間の母親のある階級のものよりははるかに感じがよかった。また子猫のほうでもどんなにひどくされ・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・それが慌てて逃げ出す。ダンサーの室は叩いても音がしない。洗面台に犯人の遺した腕時計が光っていて、それが折から金につまった小娘を誘惑する。ここはなかなかこの娘役者の骨の折れるところであろう。多分胸の動悸を象徴するためであろうか、機関車のような・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・そういうのは大概「金の逃げ出す音」の種類に属するものであった。しかしそれはこっちで逃げさえすれば追っかけて来ないから始末がよかった。 蓄音機のラッパというものも私にはあまり気持ちのいいものではなかった。器械全体の大きさに対してなんとなく・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・ちびは閉口して逃げ出すかと思うとなかなかそうでなかった。時々小鳥のようなピーピーという泣き声を出しながらも負けずにかみつき引っかくのである。三毛が放すと同時に向き直ってすわったまま短いしっぽの先で空中に∞の字をかきながら三毛のかかって来るの・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・「何を……馬鹿な……逃げ出すなんて、そんな……アッ、ツ、ツ」 眼をむいて、女房を怒鳴りつけようとしたが、繃帯している殴られた頭部の傷が、ピリピリとひきつる。「だってさ、あんた……」 お初は、何かに追ったてられるように、「・・・ 徳永直 「眼」
・・・あらかじめ無事に収まる地震の分ってる奴等が、慌てて逃げ出す必要があって、生命が危険だと案じる俺達が、密閉されてる必要の、そのわけを聞こうじゃないか。 ――誰が遁げ出したんだ。 ――手前等、皆だ。 ――誰がそれを見た? ――ハ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・「ゴゴンゴーゴー、 やまのいわやで、 熊が火をたき、 あまりけむくて、 ほらを逃げ出す。ゴゴンゴー、 田螺はのろのろ。 うう、田螺はのろのろ。 田螺のしゃっぽは、 羅紗の上等、ゴゴンゴーゴー」・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
出典:青空文庫