・・・そこでこわごわあちこち歩いた末に、往来の人に打突ったり、垣などに打突ったりして、遂には村はずれまで行って、何処かの空地に逃げ込むより外はない。人の目にかからぬ木立の間を索めて身に受けた創を調べ、この寂しい処で、人を怖れる心と、人を憎む心とを・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・博士は、もともと無頓着なお方でございましたけれども、このおびただしい汗には困惑しちゃいまして、ついに一軒のビヤホールに逃げ込むことに致しました。ビヤホールにはいって、扇風器のなまぬるい風に吹かれていたら、それでも少し、汗が収りました。ビヤホ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・猫の鳴き声を聞くと同時に槍をほうり出しておいて奥の間に逃げ込むのではあったが。 そんなようなわけで猫というものにあまりに興味のない私はつい縁の下をのぞいて見るだけの事もしないでいた。 そのうちに子猫はだんだんに生長して時々庭の芝生の・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・ 話の一段落がつくと、安息所へ逃げ込む様に栄蔵はお君の傍に行った。 若い二人は何か、笑いながら話して居た。 苦労も何もない様にして居る二人を傍に長くなって見て居るうちに、これほど大きなものの父であると云う喜びが、腹の底から湧いた・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫