・・・ 朝早くお俊は帰ってゆきましたが、どういう風に藤吉の気嫌を取ったものか、それとも酔いが醒めて藤吉が逆戻りしましたのか、おとなしく仕事に出て参りました。出際に上り口から頭を出して『お早よう』と言いさま、妙に笑って頭を掻いて見せまして『いず・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ 彼等は、すっかりおさらばを告げて出て行った筈のベッドへまた逆戻りした。大西は、いつもの元気に似ず、がっかりして、ベッドに長くなった。「ほんまに家まで去んでみにゃ、どんなになるか分りゃせん。」 あの封筒に這入ったもの一ツが、梶を・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・(命を賭……ところが、十八歳になると、また『芥川』に逆戻りして、辻潤氏に心酔しました。(太宰って、なあんて張り合いのない野郎だろう。聞いているのか、ダルマ、こちらむけ、われも淋しい秋の暮、とは如何? お助け下さい。くず籠『芥川』を透して、ア・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ガリレーの空気寒暖計は発明後間もなく棄てられたが、今日の標準はまた昔のガス寒暖計に逆戻りした。シーメンスが提出した白金抵抗寒暖計はいったん放棄されて、二十年後にカレンダー、グリフィスの手によって復活した。このような類例を探せばまだいくらでも・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・時代は忽然三、四十年むかしに逆戻りしたような心持をさせたが、そういえば溝の水の流れもせず、泡立ったまま沈滞しているさまも、わたくしには鉄漿溝の埋められなかった昔の吉原を思出させる。 わたくしは我ながら意外なる追憶の情に打たれざるを得ない・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・を筆するときは又一と時代退歩して、ペンとそうしてペン軸の旧弊な昔に逆戻りをした。其時余は始めて離別した第一の細君を後から懐かしく思う如く、一旦見棄たペリカンに未練の残っている事を発見したのである。唯のペンを用い出した余は、印気の切れる度毎に・・・ 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・ しかしながら冬の夜のヒューヒュー風が吹く時にストーヴから煙りが逆戻りをして室の中が真黒に一面に燻るときや、窓と戸の障子の隙間から寒い風が遠慮なく這込んで股から腰のあたりがたまらなく冷たい時や、板張の椅子が堅くって疝気持の尻のように痛く・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・母性保護の見地から婦人労働者の入坑を禁じた鉱山労働へ、女は石炭に呼ばれ、再び逆戻りしかけている。幼年労働の無良心な利用も問題とされているのである。 婦人が性の本然として生殖の任務をもっているということと、女は家庭にあるべきものという旧来・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ ここで、考えは、いや応なく、又、それならばどうしたらよいか、と云う基点まで逆戻りをしなければ成らなく成って仕舞ったのです。 実際問題として、彼女も自分も共に満足する解決を見出すには、自分は余り無力でした。 彼女は、今に必要な時・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
出典:青空文庫