・・・という逆説であった。何か情けなくて、一つの仕事を仕上げたという喜びはなかった。こんなに苦労して、これだけの作品しか書けないのか、と寂しかった。 そして、その原稿を持って、中央局へ行くために、とぼとぼと駅まで来たのだった。郵便局行きは家人・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・「いや、若さがないのが僕の逆説的な若さですよ。――僕にもビール、あ、それで結構」「青春の逆説というわけ……?」発売禁止になった私の著書の題は「青春の逆説」だった。「まアね、僕らはあんた達左翼の思想運動に失敗したあとで、高等学校へ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・私はそこに私の青春の逆説的な表現を見つけたのである。すくなくとも、私は東京のもっている青春のいかものさ加減に、反抗したのである。 二十八歳で「夫婦善哉」を書くのはおかしいと言うが、しかし、それでは、東京に現在いかなる二十八歳の青春の文学・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・る文章を極めて真面目な表情で書いておりますが、しかし、彼等の文章を読んでおりますと、彼等の使っているエロ文学だとか性の欲求だとか性生活だとかいう言葉がどぎつい感じで迫って来て、妙な逆効果を現わします。逆説的にいえば、彼等の評論こそエロチシズ・・・ 織田作之助 「猫と杓子について」
・・・してみれば、私の小説は、すくなくともスタイルは、戯曲勉強から逆説的に生れたものであると言えるだろう。私の小説の話術は、戯曲の科白のやりとりの呼吸から来ている筈だ。「夫婦善哉」を書くまでは、一人の作家とも知己がなかった。原稿を見て貰ったこ・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・K君の心では、その船の実体が、逆に影絵のように見えるのが、影が実体に見えることの逆説的な証明になると思ったのでしょう。「熱心ですね」 と私が言ったら、K君は笑っていました。 K君はまた、朝海の真向から昇る太陽の光で作ったのだとい・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・あんなに執拗かった憂鬱が、そんなものの一顆で紛らされる――あるいは不審なことが、逆説的なほんとうであった。それにしても心というやつはなんという不可思議なやつだろう。 その檸檬の冷たさはたとえようもなくよかった。その頃私は肺尖を悪くしてい・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
・・・そんな逆説めいたことを口走って、サイダアを一瓶、頭から僕にぶっかけて、きゃっきゃっと気ちがいみたいに笑った。ところで君は、誰をいちばん好きなんだ。太宰を好きか? え。佐竹か? まさかねえ。そうだろう? 僕、――」「僕は」私はぶちまけてし・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・の光像はまさしく二次元の平面であるにかかわらず、カメラの目が三次元的に移動しているために、観客の目はカメラの目を獲得することによってかえってほんとうに三次元的な空間の現象を観察することができる、という逆説的な結果を生じるのである。 この・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかし、逆説的に聞えるかもしれないが、その同じ颱風はまた思いもかけない遠い国土と日本とを結び付ける役目をつとめたかもしれない、というのは、この颱風のおかげで南洋方面や日本海の対岸あたりから意外な珍客が珍奇な文化を齎して漂着したことがしばしば・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
出典:青空文庫