・・・教育機関の立派になったお蔭でわれわれは学問することの法悦を奪われたというと同じ逆説的な申分ではあるが、いくらかそういう感じがなくはないであろう。 以上のような理由からして、自分と自分の宅のラジオとの交渉はかなり疎遠なものであった。それで・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・ニイチェの驚異は、一つの思想が幾つも幾つもの裏面をもち、幾度それを逆説的に裏返しても、容易に表面の絵札が現れて来ないことである。我々はニイチェを読み、考へ、漸く今、その正しい理解の底に達し得たと安心する。だがその時、もはやニイチェはそれを切・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・われから作っている女らしさの故に女の本心を失っている女たちという逆説も今日の現実では一つの事実に触れ得るのである。 まともに相剋に立ち入っては一生を賭しても解決はむずかしいのだからと、今日の文化がもっている凹みの一つである女らしさの観念・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・常識の中で理性という言葉はそういう逆説でつかわれてはいないのである。 更に合理性を左翼の思想と連関させて、合理性では現実の真相を理解し得ないという風に強調されているのを見ると、ピンと来るものがあって、自然著作年表を見た。するとこの作は昭・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・日記をかくようにたくさんの詩をかけよ手紙をかくようにたくさんの詩をかけよ 時々刻々に書き書けば成りがたい彫心縷骨の一篇よりも更に山があり谷があり貴女の姿のまるみのみえる逆説的の不思議はそこに普段着のごとく・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・その果のない駈けめぐりの姿を精緻ならしめ、豊かならしめようとして、表現の逆説的な手法を己れの特色とした。小林秀雄の文芸批評が、当時から一般読者に迎えられるようになったのは、それが時代と文学の在りようを解明する力を持っていたからではなくて、そ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ だが、この陰翳に富んだ、逆説的な分子のこもった会話は、当時のゴーリキイが民衆、学生、デレンコフや彼自身の関係に対して抱いていた複雑な感情の深淵を何と微妙な閃光で我々に啓いて見せることであろう。 これは、ゴーリキイが、セミョーノフの・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 義理人情は、芸術化の過程にあって、謂わば社会的桎梏に対する人間性の逆説的な強調として、初めて芸術の要因たり得たのであった。義理人情が芸術の要因の重きを占めるようになった徳川権力確立以後の日本人の芸術は、感傷と悲壮との過剰に苦しめられて・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
・・・ 正確だから狂うのだ、という逆説は、彼にはたしかに通用する近代の見事な美しさをも語っている。「君はきょうは、水交社から来たんですか。憲兵はついて来ていないの。」と梶は栖方に家を出る前訊ねてみた。「きょうは父島から帰ったばかりです・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫