・・・ 折から人通りが二、三人――中の一人が、彼の前を行過ぎて、フト見返って、またひょいひょいと尻軽に歩行出した時、織次は帽子の庇を下げたが、瞳を屹と、溝の前から、件の小北の店を透かした。 此処にまた立留って、少時猶予っていたのである。・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・初の烏 日が出たって――赤い酒から、私のこの烏を透かして、まあ。――画に描いた太陽の夢を見たんだろう。何だか謎のような事を言ってるわね。――さあさあ、お寝室ごしらえをしておきましょう。(もとに立戻りて、また薄の中より、このたびは一領の天・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ と陰気な顔をして、伸上って透かしながら、「源助、時に、何、今小児を一人、少し都合があって、お前達の何だ、小使溜へ遣ったっけが、何は、……部屋に居るか。」「居りまするで、しょんぼりとしましてな。はい、……あの、嬢ちゃん坊ちゃんの・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・省作は庭場の上がり口へ回ってみると煤けて赤くなった障子へ火影が映って油紙を透かしたように赤濁りに明るい。障子の外から省作が、「今晩は、お湯をもらいに出ました」「まア省作さんですかい。ちとお上がんさい。今大話があるとこです」 とい・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 横井は彼の訪ねて来た腹の底を視透かしたかのように、むずかしい顔をして、その角張った広い顔から外へと跳ねた長い鬚をぐい/\と引張って、飛び出た大きな眼を彼の額に据えた。彼は話題を他へ持って行くほかなかった。「でも近頃は節季近くと違っ・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・昼のご飯を運んできた茶店の娘も残っていて手伝ったが、私の腹の底は視透かしているらしいのだが、口へ出しては言いださなかった。寺の老和尚さんも「そうかよ。坊やは帰るのかよ。よく勉強していたようだったがなあ……」と言ったきりで、お婆さんも、いつも・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・いた、細かな落ち葉はにわかに日に映じてまばゆきまでに金色を放ち、頭をかきむしッたような『パアポロトニク』(蕨の類のみごとな茎、しかも熟えすぎた葡萄めく色を帯びたのが、際限もなくもつれからみつして目前に透かして見られた。 あるいはまたあた・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・水に垂れし枝は女の全身を隠せどなおよくその顔より手先までを透かし見らる。横顔なれば定かに見分け難きも十八、九の少女なるべし、美しき腕は臂を現わし、心をこめて洗うは皿の類なり。 少女は青年に気づかざるように、ひたすらその洗う器を見て何事を・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 郵便局では、隣にある電信隊の兵タイが、すぐやってきて、札を透かしたり指でパチ/\はじいたりした。珍しそうにそれを眺め入った。「うまくやる奴もあるもんだね。よくこんなに細かいところまで似せられたもんだ。」「すかしが一寸、はっきり・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と唄い終ったが、末の摘んで取ろの一句だけにはこちらの少年も声を合わせて弥次馬と出掛けたので、歌の主は吃驚してこちらを透かして視たらしく、やがて笑いを帯びた大きな声で、「源三さんだよ、憎らしい。」と誰に云ったのだか分らない・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
出典:青空文庫