・・・石よりも堅くて青くて透徹るよ』『それが何だい?』『それを積み重ねて、高い、高い、無際限に高い壁を築き上げたもんだ、然も二列にだ、壁と壁との間が唯五間位しかないが、無際限に高いので、仰ぐと空が一本の銀の糸の様に見える』『五間の舞台・・・ 石川啄木 「火星の芝居」
・・・燭が映って、透徹って、いつかの、あの時、夕日の色に輝いて、ちょうど東の空に立った虹の、その虹の目のようだと云って、薄雲に翳して御覧なすった、奥様の白い手の細い指には重そうな、指環の球に似てること。三羽の烏、打傾いて聞きつつあり。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・二十八年の長きにわたって当初の立案通りの過程を追って脚色の上に少しも矛盾撞着を生ぜしめなかったのは稀に見る例で、作者の頭脳の明澄透徹を証拠立てる。殊に視力を失って単なる記憶に頼るほかなくなってからでも毫も混錯しないで、一々個々の筋道を分けて・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・また一方下級の技術官たちの間では実に明白に有効重要と思われる積極的あるいは消極的方策があっても、その見やすい事が、取捨の全権を握っている上長官に透徹するまでにはしばしば容易ならぬ抵抗に打ち勝つことが必要である。ことにその間に庶務とか会計とか・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・しかし私の見るところでは、むしろ珍しいくらいいい透徹した頭脳をもっていたように思われる。かなり複雑な科学上の事実や理論でも気持ちのいいように急所をのみ込んだ。世間に起こっているいろいろな出来事でも、その事がらの表面に現われている現象よりも、・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・彼の心や無垢清浄、彼の歌や玲瓏透徹。 貧、かくのごとし、高、かくのごとし。一たびこれに接して畏敬の念を生じたる春岳はこれを聘せんとして侍臣をして命を伝えしめしも曙覧は辞して応ぜざりき。文を売りて米の乏しきを歎き、意外の報酬を得て思わず打・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・一人の人間として、芸術家として、資本主義社会での現実の考えかた、観かたはいつも真に透徹した明晰さをかいていて、どこかに真実を歪めたりかくしたりする偽瞞をもっていること、詭弁から解放され得ないことを、ソヴェトのそとのヨーロッパ諸国の生活のあら・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・或る種の神経質と厳さが浮いて、作者の全人格の流露した芸術品の持つべき、云いようのない朗かさ、透徹性を欠いているように感ぜられるのでございます。けれども一方「盧生の夢」に於て、現世的虚偽な価値観念を打破り、異った場所と時代に於て、助教授Bを存・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
・・・ながりとを理解し、それを細かく理解することからその中に在る可能を見つけ出して、その可能は一杯に育てたいという努力で生きており、その努力に甘えず、人類の進歩から的はずれなものとならないためには、一層広く透徹した人間生活への理解、堅忍と愛とが必・・・ 宮本百合子 「フェア・プレイの悲喜」
・・・ 故に、我々は、その重大な一点に、絶えず聰明な、透徹した眼を据えなければなるまい。 或る女性が、彼女の十年来共棲して来た良人を棄てて、新たに甦った人生を送るために愛人の許に馳った。斯様な一事実に面した時、我々は、彼女が、自己の人とし・・・ 宮本百合子 「深く静に各自の路を見出せ」
出典:青空文庫