・・・その時は濡れたような真黒な暗夜だったから、その灯で松の葉もすらすらと透通るように青く見えたが、今は、恰も曇った一面の銀泥に描いた墨絵のようだと、熟と見ながら、敷石を蹈んだが、カラリカラリと日和下駄の音の冴えるのが耳に入って、フと立留った。・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・年紀の頃は十九か二十歳、色は透通る程白く、鼻筋の通りました、窶れても下脹な、見るからに風の障るさえ痛々しい、葛の葉のうらみがちなるその風情。 八 高が気病と聞いたものが、思いの外のお雪の様子、小宮山はまず哀れさが・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 乗合いは随分立籠んだが、どこかに、空席は、と思う目が、まず何より前に映ったのは、まだ前側から下りないで、横顔も襟も、すっきりと硝子戸越に透通る、運転手台の婀娜姿。 二 誰も知った通り、この三丁目、中橋などは・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・どれも、おなじくらいな空を通るんだがね、計り知られないその大群は、層を厚く、密度を濃かにしたのじゃなくって、薄く透通る。その一つ一つの薄い羽のようにさ。 何の事はない、見た処、東京の低い空を、淡紅一面の紗を張って、銀の霞に包んだようだ。・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 肉色に透き通るような柔らかい絹の靴下やエナメルを塗った高い女の靴の踵は、ブルジョア時代の客間と、頽廃的なダンスと、寝醒めの悪い悪夢を呼び戻す。花から取った香水や、肌色のスメツ白粉や、小指のさきほどの大きさが六ルーブルに価する紅は、集団・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・そうすると透き通るようにきれいになる。それを十六本、右撚りなら右撚りに、最初は出来ないけれども少し慣れると訳なく出来ますことで、片撚りに撚る。そうして一つ拵える。その次に今度は本数を減らして、前に右撚りなら今度は左撚りに片撚りに撚ります。順・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・「タペストリの裏で二人の話しを立ち聞きした時は、いっその事止めて帰ろうかと思うた」と低いのが正直に云う。「絞める時、花のような唇がぴりぴりと顫うた」「透き通るような額に紫色の筋が出た」「あの唸った声がまだ耳に付いている」。黒い影が再び黒い夜・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・其の古い楓が緑を投げる街路樹の下を、私共は透き通る軽羅に包まれて、小鳥のように囀りながら歩み去る女を見る事が出来ます。しなしなと微風に撓む帽子飾の陰から房毛をのぞかせて、笑いながら扇を上げる女性の媚態も見られます。 けれども此村は只其丈・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 二十日ほど前に誕生した雛共が、一かたまりの茶黄色のフワフワになって、母親の足元にこびりつきながら、透き通るような声で、 チョチョチョチョチョ…… と絶間なく囀るのを、親鳥の クヮ……クウクウ……クヮ……という愛情に満ち・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・初め透き通るように赤くなっていた鉄が、次第に黒ずんで来る。そこで三郎は安寿を引き寄せて、火を顔に当てようとする。厨子王はその肘にからみつく。三郎はそれを蹴倒して右の膝に敷く。とうとう火を安寿の額に十文字に当てる。安寿の悲鳴が一座の沈黙を破っ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫