・・・どんなに面白い女か、どんな途方もない落想のある女かと云うことが、段々知れて来るのである。貴族仲間の禁物は退屈と云うものであるに、ポルジイはこの女と一しょにいて、その退屈を感じたことが、かつてない。ドリスはフランス語を旨く話す。立居振舞は立派・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・突然路が右へ曲ると途方もない広い新道が村山瀦水池のある丘陵の南麓へ向けて一直線に走っている。無論参謀本部の五万分一地図にはないほど新しい道路である。道傍の畑で芋を掘上げている農夫に聞いて、見失った青梅への道を拾い上げることが出来た。地図をあ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・ただ触れろ触れろと仰があっても、触れる見当がつかなければ、作家は途方に暮れます。むやみに人生だ人生だと騒いでも、何が人生だか御説明にならん以上は、火の見えないのに半鐘を擦るようなもので、ちょっと景気はいいようだが、どいたどいたと駆けて行く連・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・「まあ、黙って聞け。おれがおぬしに見せてやる。おれの宝物を見せるのだ。世界に類の無い宝物だ。」 一本腕は爺いさんの手を振り放して一歩退いた。「途方もねえ。気違じゃねえかしら。」 爺いさんはそれには構わずに、靴をぬぎはじめた。右の足に・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・ 楫をなくした舟のように、わたくしは途方にくれました。どちらへ向いて見ても活路を見出すことが出来ません。わたくしはとうとう夢に向って走りました。ちょうど生埋めにせられた人が光明を求め空気を求めると同じ事でございます。 わたくしは突然・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・梟が目玉を途方もない方に向けながら、しきりに「オホン、オホン」とせきばらいをします。 ホモイのお父さんがただの白い石になってしまった貝の火を取りあげて、 「もうこんなぐあいです。どうかたくさん笑ってやってください」と言うとたん、貝の・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・既に、米の三合配給などを公約した婦人たちは、途方にくれる立場にさらされている。自由党はそのような公約はしないといい、進歩党は「俺は知らないよ」といい、社会党は、落選代議士の公約であるという説明を与えている。婦人代議士は、私たち日本の婦人があ・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
・・・わたくしは途方に暮れたような心持ちになって、ただ弟の顔ばかり見ております。こんな時は、不思議なもので、目が物を言います。弟の目は『早くしろ、早くしろ』と言って、さも恨めしそうにわたくしを見ています。わたくしの頭の中では、なんだかこう車の輪の・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・一つはあなたがいかにも無邪気に、初心らしくおっしゃったので、「おや、この方はどんな途方もない事をおっしゃるのだか、御自身ではお分かりにならないのだな」と存じましたの。それから今一つはまあ、なんと申しましょうか。わたくしあなたに八分通り迷って・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・おおしく見えたがさすがは婦人,母は今さら途方にくれた。「なまじいに心せぬ体でなぐさめたのがおれの脱落よ。さてもあのまま鎌倉までもしは追うて出で行いたか。いかに武芸をひとわたりは心得たとて……この血腥い世の中に……ただの女の一人身で……ただの・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫