・・・それなり一時言葉が途絶える。 森々たる日中の樹林、濃く黒く森に包まれて城の天守は前に聳ゆる。茶店の横にも、見上るばかりの槐榎の暗い影が樅楓を薄く交えて、藍緑の流に群青の瀬のあるごとき、たらたら上りの径がある。滝かと思う蝉時雨。光る雨、輝・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 話が途絶える。藤さんは章坊が蒲団へ落した餡を手の平へ拾う。影法師が壁に写っている。頭が動く。やがてそれがきちんと横向きに落ちつくと、自分は目口眉毛を心でつける。小母さんの臂がちょいちょい写る。簪で髪の中を掻いているのである。 裏で・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・またひとしきりどかどかと続いて来るかと思うとまたぱったり途絶えるのである。それが何となく淋しいものである。 しばらく人の途絶えたときに、仏になった老人の未亡人が椅子に腰かけて看護に疲れたからだを休めていた。その背後に立っていたのは、この・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 人通りが半分ほど途絶える。 辻馬車が、国営衣服裁縫所製のココア色レイン・コートを幾枚も束にして膝へ抱え込んでいる若者をのせてやって来た。まいたように人の姿が黒く広場の反対のはずれに現れ、いそがしそうに各方面に散らばった。広場の上で・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
出典:青空文庫