・・・朝、眼をさましてからもあわてて寝床から這い出すようなことはなく、二時間ほどは眼をつぶって眠ったふりをしているのである。かるがるしきからだの仕草をきらう精神を持っていたのであった。三歳のとき、鳥渡した事件を起し、その事件のお蔭で鍬形太郎の名前・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・と羽団扇を棄ててこれも椽側へ這い出す。見上げる軒端を斜めに黒い雨が顔にあたる。脚気を気にする男は、指を立てて坤の方をさして「あちらだ」と云う。鉄牛寺の本堂の上あたりでククー、ククー。「一声でほととぎすだと覚る。二声で好い声だと思うた」と・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・子供の時分外でどんなに夢中で遊んでいても、薄闇が這い出す頃になると、泣きたい程家が、家の暖かさが恋しくなった。あの心持、正直な稚い夜の恐怖が一寸の間、進化した筈の、慾ばりな大人の魂も無自覚のうちに掴むかと思う。それ故、貨物自動車が尨大な角ば・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
出典:青空文庫