・・・ 迷いもせず一途に1の数字を追うて行く買い方は、行き当りばったりに思案を変えて行く人々の狂気を遠くはなれていたわけだが、しかし取り乱さぬその冷静さがかえって普通でなく、度の過ぎた潔癖症の果てが狂気に通ずるように、頑なその一途さはふと常規を・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・と淑かに通ずる。これを聞いて若主人は顔を上げて、やや不安の色で。「よろしい、今ゆく。」「急用なら中止しましょう」と紳士は一寸手を休める。「何に関いません、急用という程の事じゃアないんです。」と若主人は直ぐ盤を見つめて、石を下しつ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・武蔵野の美はただその縦横に通ずる数千条の路を当もなく歩くことによって始めて獲られる。春、夏、秋、冬、朝、昼、夕、夜、月にも、雪にも、風にも、霧にも、霜にも、雨にも、時雨にも、ただこの路をぶらぶら歩いて思いつきしだいに右し左すれば随処に吾らを・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・その方向は大乗の宗教に通ずる。しかし意欲そのものに実質的に道徳的価値を付して、より高き意欲に権利を与えんとする要請にもやみがたいものがある。人情にはむしろこの方が適し、小乗の宗教に通じる。性欲を満したいという意欲と、国君に殉死したいという意・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・風が来て青麦を渡るのと、谷川の音と、その間には蛙の鳴声も混って、どうかすると二人の話はとぎれとぎれに通ずる。「桜井先生や、広岡先生には、せめて御住宅ぐらいを造って上げたいのが、私共の希望なんですけれど……町のために御苦労願って……」・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 風の勁い日で、百人ほどの兵士が江の島へ通ずる橋のたもとに、むらがって坐り、ひとしく弁当をたべていた。こんなにたくさんの人のまえで海へ身を躍らせたならば、ただいたずらに泳ぎ自慢の二三の兵士に名をあげさせるくらいの結果を得るだけのことであ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・吉田さんへも宜しく御伝え下され度、小生と逢っても小生が照れぬよう無言のうちに有無相通ずるものあるよう御取はからい置き下され度、右御願い申しあげます。なお、この事、既に貴下のお耳に這入っているかも知れませんが、英雄文学社の秋田さんのおっしゃる・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ ヘレン・ケラーは生後十八ヶ月目に重い病のために彼女の魂と外界との交通に最も大切な二つの窓を釘付けされてしまったにかかわらず、自由に自国語を話し、その上独、仏、羅、希にも通ずるようになった。指先を軽く相手の唇と鼻翼に触れていれば人の談話・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・に用いられ、ちょうどギリシア人の barbaros に相当するものになっているからおもしろい。東夷南蛮の類であり、毛唐人の仲間である。この「ヤナ」が「野蛮」に通じまた「野暮な」に通ずるところに妙味がないとは言われない。 またこの「毛唐」・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・ここに雁の叙景文を摘録すれば、「其頃は根津に通ずる小溝から、今三人の立つてゐる汀まで、一面に葦が茂つてゐた。其葦の枯葉が池の中心に向つて次第に疎になつて、只枯蓮の襤褸のやうな葉、海綿のやうな房が碁布せられ、葉や房の茎は、種々の高さに折れて、・・・ 永井荷風 「上野」
出典:青空文庫